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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

欧米の価値観の押し付けとしてのCSR

2008年3月24日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら)

 早くも3月が終わろうとしています。読者の中には就職や進学を控えた学生さんもいらっしゃるかと思います。山田薬局の三軒先にマツモトキヨシが店を開く困難なこの時代、何事につけて思うに任せないこと覚悟しておきましょう。粘り強くね。

時間といえば、ワタシがCSRに最初に興味を持ったのは2001年頃だったでしょうか、もう7年も前です。それから「社員総出で町内のゴミ拾い、すばらしいCSRですねぇ」的なCSRを揶揄したり、企業の醜聞で成長するCSR教に反抗したり。

でも何事もきっかけです、様々な業界の方とお話させていただく機会に恵まれました。その中でよくお受けするコメントの一つは、「欧米の価値観の押し付けじゃないですか」というもの。どのようにお答えするか、その度に考えさせられます。一概にちがうとは言えないですから。いや、むしろ核心をついているとも言えます。

もちろんCSRのどの部分を見るかにもよります。若年失業対策に企業も一肌脱ごうというヨーロッパのCSRの原初的形態には、価値観の押し付けという批判を招く余地はなかったと思います。しかし、児童労働といった問題になると話はちがってきます。さらに、動物実験までくると。

消費者相談所みたいなところには様々な苦情が寄せられます。電子レンジで指を挟んだのは製品の欠陥ではないかとか。指をはさんだという消費者の苦情と、児童を働かせるなという欧米NGOの主張には質的に差があります。前者は自己利益の、後者は他者利益の問題という差です。

誰でも痛い思いをしたくないです。だからもし自社製品の欠陥が原因でそういう思いをした人が苦情を述べてきても、その人の価値観を押し付けられているとは思いません。同様に、中国のサプライヤーの工場の女工さんがご飯を食べる時間もろくに与えられずに一日18時間働かされて健康を害した、なんとか助けてほしいと言ってきたしましょう。その女工さんが中国の価値観を日本の会社に押し付けてきた、とは思わないですよね。誰もが自分の健康を守りたいと思うわけですから。

一方、欧米のNGOが中国の児童労働を問題にするとき、それはNGOの人たちが「他者」であるところの中国の子供たちの「利益」であろうと考えたことを言っているわけです。動物実験反対なんてその極み。動物の「利益」だとNGOのヒトが考えたことを動物にかかわり代弁しているわけです。マウスが「俺を実験に使って殺さないでくれ」と自分で言ってくればまた別ですが(笑)。

このような他者の利益を代弁するという行為は、当然のことながら非難されるべきものではありません。ただ、必然的に一種の理念の形をとります。第三者が述べる以上、「当事者性」を代替する「普遍性」を持ち出す必要があります。それは「正義」の形をとることが多い。ここにおいて「理念」や「イデオロギー」としての色彩を強く持ちます。扉で指はさんで骨折した、という苦情は、その具体性と当事者性において十分な説得力があるので、「普遍性」とか「正義」とかの装いは不要なわけです。しかし、児童労働の全面禁止が児童の「利益」にかなうかどうかは議論の余地があるので、反論を封ずるためにも、普遍的正義だという主張が入り込みます。このような主張に同意しない人にとっては価値観の押し付けと感じられるわけです。

だからCSRには常に一定程度価値観の押し付けを伴うと考えてもよいでしょう。むしろ、そのような声高な価値観とどのように折り合いをつけるかが企業にとってのCSRのエッセンスのひとつです。日本企業は一般に「苦情」の対応には長けていますが、「価値観」の扱いは苦手ですから。

そういえば、来月から新社会人になる皆さん、組織には程度の差こそあれ必ず構成員が共有する価値観があります。皆さんもすぐに意識するかしないかは別として一定の価値観への順応を求められるでしょう。したがって、「価値観の押し付け」は東西文明の別云々なんて大げさなレベルだけの話ではありません。身の回りで日常的に起こっている。過度な懐疑は非建設的ですが、同時に、思考することをやめないことです。洗脳されちゃってはだめ。理解しましょう。

新生活に幸あれ!

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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