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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

北京五輪でCSRはどうなる?

2008年1月15日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

〜2008年のCSRはこうなる!(2)〜

 新春スペシャル2回目の今日は2008年の一大イベント、北京五輪からCSRに切り込みます。世界の関心が中国に注がれるわけですが、北京に引き寄せられるのは選手団と観客とテレビ局と協賛企業だけではありません。そうです、CSRといえばNGO。NGOも同様に北京に熱い視線を送ることになります。

 ワタシもヨーロッパでNGOとは随分おつきあいいたしました。あちらのNGOは一般に日本のNPOさんとは随分ちがいます。日本ではNPOとの「協働」という言葉が好んで使われますよね。あくまで個人的な感想ですけど、あの言葉の「使いすぎ」はどうかと思っています。もちろん素晴らしい「協働」の事例はたくさんあります。他方でそうでないケースもある。

 NPOの方が集まるある会議で挑発的に言ってみたことがあります。「CSRのブームは本当にNPOにとってプラスでしょうか?振り返ってみると企業の広報の手段になっただけだったことはありませんか?」

 怒られるかなって思ったら、逆に皆さん賛成してくれました。NPOは企業にチヤホヤされて目的を見失っているという厳しいコメントまで出されました。NPOが「ステークホルダー」として有り難く祭り上げられてしまった事実の複雑さ。その簡単に割り切れない事実を言葉が美しく塗りこめてしまう。

 話をヨーロッパのNGOに戻しましょう。彼らの多くは対企業キャンペーン(要すれば企業攻撃)をして企業の行動を変えさせることを目的にしています。協働よりも「闘争」です。より正確に言えば、闘争の結果としてNGOが主導する「協働」があるというのが、多くの場合彼らの考え方です。

 ワタシが今でも鮮明に覚えているある有名なNGOの幹部とのやりとりがあります。ワタシはそのNGOがあまり日本企業をターゲットにしない理由を聞いてみたのです。彼の返答は以下のようなものでした。

「NGOの運営も組織化され、費用対効果を追及しなければいけない。毎年、成果、すなわち企業キャンペーンの結果と、それに費やした費用を比較する。事務局長ほかのマネジメントの評価は当然として、世界的な予算配分に影響するし、さらに言えば大口の寄付をしてくれる「顧客」への説明責任でもある。キャンペーンの「成果」を考える上で相手企業の知名度は重要な要素である。名の知れぬ企業を攻撃しても効果は限られる。現在はともかく、少し前まで世界的にブランドを知られた日本企業の数は限定的だった。
 もう一つ、費用の観点からは英語での円滑なコミュニケーションが可能であるということも考慮要因になる。実は日本企業も何度かキャンペーンを試みたことがあるが、そもそも彼らから返ってくる英語の回答は、何を言いたいのか理解不能であることが多かった。何度かクラリフィケーションを求めたが、最後にはさじを投げた。日本企業一社を相手にするコストで欧米企業の数社をこなせる。」

 はい、まず二番目の、日本企業と英語と意思疎通をはかるのはコストがかかりすぎるという点ですが、もちろん、これは日本企業の高等戦術が功を奏したにちがいありません(笑)。企業のグロール化の程度によりますが、日本語で回答するとか様々な派生戦略が考えられます。もちろん、やりすぎると相手を怒らせて逆効果もありえるのでご注意を。

 むしろ大切なのは一番目です。NGOのキャンペーンの対象となるかどうかはグローバルなブランドの露出度に大きく依存します。その格好の例がミズノさんでしょう。ミズノさんはアテネオリンピックを協賛します。その事実が同社をNGOの精査の対象とします。ミズノさんが日本企業の中でも早い時期にCSR調達に乗り出すことを余儀なくされた背景です。

 人口が減少していく日本市場に依存する形で長期的な成長を期することは難しい。このような認識の下、企業はグローバル経営に大きく舵を切っています。それはすなわちグローバルにブランド力を高めていくことであり、すなわちNGOの目にとまりやすくなることを意味します。

 北京五輪はその大きな契機となるでしょう。北京五輪は中国の光とともに影についての関心を高めることは必定です。NGOはそこをついてくるでしょう。中国市場における日本企業のプレゼンスの高さ、中国での日本企業の投資規模の大きさ、中国における日本企業のサプライチェーンの広さ、それらはいずれもNGOの攻撃対象として「利用価値」があるものです。

 北京五輪はリスクマネジメントとしてのCSR、とりわけNGOとの衝突という欧米的CSRの本質が日本企業にとっても現実のものとなっていることを明確にすると思います。2008年はグローバルにCSRを考えるべき年になると思います。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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