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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

じゃ、CSRってそもそも何?

2007年12月17日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

  前回は唐突でしたがワタシの友人、トーマスに登場してもらいました。トーマスとワタシはCSRの考え方において全く相容れないのですが、所詮狭い業界ですので仲良しです。時折友情出演してもらうことになっています。ご期待ください。トーマスに負けてはならじ、ということで先日、慶応大学で日欧のCSRについてお話をさせていただく機会をいただきました。有り難いことです。つたないながらも英語だったものですから、留学生の方や外国人の先生も出席くださいました。刺激的な質問からワタシも大いに勉強させていただいた次第です。

 いただいた質問の中でとりわけ慎重にお答えした質問が一つあります。アメリカ人の先生からの「CSRはヨーロッパが最初に作り出したものか」というご質問でした。ワタシは「そう考えている」と申し上げてから、質問した方の表情をみて次のように補足をしました。

「世界のどの社会にも『企業の社会的責任』という考え方は昔からあったと思います。ただし、特定の政策的目的を実現するための手だてとして、明確に定義された『企業の社会的責任』という概念を産み出したのはヨーロッパが最初です。」

 おそらく日本の多くの方も「『企業の社会的責任』はヨーロッパが作ったものだ」と聞けば感覚的な反発を覚えられるのではないかと思います。「日本にだって」と。よって近江商人や石田梅岩がもちだされるのも理解できるところです。三方良し的な江戸期の商人道徳は、いわば日本のCSRの「創設神話」として利用価値されている面が少なからずあります。この点はまた改めて論じたいと思いますが、どこの国、民族でも、自分たちの社会やアイデアなどの根っこを過去の歴史の中、望むらくは、偉大な歴史的人物や文明や事象に結びつけたい、すなわち「創設神話」に対する渇望を有しています。

 例えば、大きなところでは、ヨーロッパは民主主義という彼らのシステム、価値観の創設神話としてギリシア文明を使いたがります。でも、様々な歴史研究はヨーロッパの民主主義はギリシアから受け継いだものではないとみているようです。むしろゲルマンの部族内合議制に由来するという見方のほうが有力でしょう。仮に事実がそうであったとしても、依然として輝かしい古典古代のギリシア文明と自らを結びつけることは例えようのない快感です。ギリシア文明は格好の「創設神話」なのです。CSRのように外国からもたらされた概念の場合、とりわけ自らのうちに創設神話を求める動機は強まるといえるでしょう。

 いずれにせよ、CSRに戻れば、ヨーロッパは明確かつ限定された目的をもってCSRという概念を形作っていきました。その目的とは、若年失業の問題の軽減し、ひいては社会が分裂しないようにすることです。

 昨今、フランスのパリの郊外や地方都市で起きている若者の暴動が盛んに報道されていますね。バスに火炎瓶投げ入れるなど大変な狼藉ぶりです。また、ドイツでは頭を丸坊主にした若者が徒党を組んで暴力行為に及び、ネオナチなどと呼ばれています。ヨーロッパ各地で希望を失った若者が反社会的な行為に走っています。社会が一体性を失いつつあるこの状況は「社会的排除(ソーシャル・エクスクルージョン)」という言葉で呼ばれます。「社会的排除」の背景にあるのは、非常に高い若年失業率、さらに、仕事があっても多くの若者が不安定で低賃金のパートタイムにしか就けない状況です。フランスで暴動を起こしているのはアフリカや中近東からの移民の2世や3世です。彼らはフランス人にもかかわらず就職にあたり厳然たる差別に直面しています。彼らの自暴自棄が暴動をもたらしている。ドイツで暴力行為に走っているのは逆に外国人労働者に「職を奪われた」と感じる金髪碧眼のドイツの若者です。彼らのやり場のない不安と不満、弱者である外国人労働者がそのはけ口になっているのです。

 このような状況に対する危機感こそがCSRという概念を形成していったのです。でも、どうしてでしょう。なぜ丸坊主の若者の暴挙に、アフリカ移民の師弟が爆発させる怒りに、企業が責任を負うのでしょうか。実はこの問いに対する答えの中にこそ、日本が本来CSRに見いだすべきであった、しかし残念ながら見いだすことができなかったCSRの本当の意義が含意されているとワタシは思っています。日本の多くのトーマス・フジイが気づかなかったか、もしくは経済団体が意図的に切り捨てたCSRの「本当の難しさ」が。どんなに日本の歴史を遡って「創設神話」を探してみても見えてこないCSRの「本当の意味」が、あるように感じています。次回に続けます。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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