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yomoyomoの「情報共有の未来」

内外の最新動向をチェックしながら、情報共有によるコンテンツの未来を探る。

真実と伝説

2007年12月12日

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『ヤバい経済学』で日本でもおなじみ(であってほしい)スティーヴン・D・レヴィットとスティーヴン・J・ダブナーによる Freakonomics Blog に、今年『セキュリティはなぜやぶられたのか』の邦訳も出たセキュリティ分野の第一人者ブルース・シュナイアーが登場しています。

思えば両者は薄っぺらな良識や俗説に頼らない合理的な検証精神が共通していて……というのは適当なこじつけですが(笑)、個人情報の漏洩や認証の問題など非常に面白い話を含む Q&A になっているのでご一読をお勧めします。

個人的に面白かったのは、「どうやってパスワードを全部記憶してるんですか?」という質問に対して、「覚えてなんかない。誰も無理だろ。パスワード多すぎだし」と答え、続けて「複数のサービスで同じパスワードを使う」「パスワードを紙に書く」という「やってはいけない」とよく戒められるポリシーを披瀝しているところです。

その意図については原文をあたっていただくとして、この質問を読んだときワタシが思い出したのは Bruce Schneier Facts です。

最初このページを見たときは、意味が分からず首をひねった記憶がありますが、その後これを作っているのが、フリーソフトウェア/オープンソース界の有名人をネタにしたウェブコミック Everybody loves Eric Raymond の人たちだと気付き、同時に Bruce Schneier Facts って Chuck Norris Facts のパロディーじゃん! と思い当たりました。トロいですね。

Chuck Norris Facts は Wikipedia に詳しいページができている人気サイトで、先ごろ『The Truth About Chuck Norris: 400 Facts About the World's Greatest Human』として書籍化されたほどですが、サイトに掲げられたチャック・ノリスの10の真実(日本語訳)を読めば、雰囲気は分かってもらえると思います。そう、日本で言えば「イチロー伝説」がこれに近い位置にあるジョーク集ですね。

Bruce Schneier Facts の場合、ネタが暗号、セキュリティに特化していて、「ブルース・シュナイアーが平文を読みたいと思ったら、彼は素手で暗号文から平文を搾り取るだけだ」、「ブルース・シュナイアーが微笑むたびに、アマチュアの暗号作者が一人死ぬ」といった分かりやすいものから、「ホイットフィールド・ディフィーとマーティン・ヘルマンは、ブルース・シュナイアーを恐れて苗字しか使わない」といった暗号についての知識がないとピンとこないネタまでいろいろ揃っています。

個人的にはマニアックなネタのほうが好きなのですが(もちろん意味が分かるものに限り)、そのあたりは Chuck Norris Facts にない楽しみかもしれません。Bruce Schneier Facts が気に入った方は、「ブルース・シュナイアーはアリスとボブの共有暗号鍵を知っている」Tシャツをどうぞ。関係ないですが、「クヌースは俺のダチだぜ」Tシャツもお勧めです。

しかし、そもそも何でチャック・ノリスやブルース・シュナイアーなんでしょうか。ノリスは有名アクション俳優ではありますがお世辞にも映画界を代表するスターとは言えないし、シュナイアーにしてもセキュリティの分野で彼を知らない人はモグリですが、IT 業界では彼より有名だったり、権力を持つ人はいくらでもいます。

再びこじつければ、前者は肉体、後者は精神という違いはあれ、喩えて言えばミキサーにかけられても生き残るくらいの強靭さ、不屈さが共通しているとも言えますが、これはかつて故ナンシー関が、「菊池桃子は男」という事実無根なのに妙に広まった噂について書いた、「それがなぜ菊池桃子なのかは神秘の領域」というのに似た話なのかもしれません。

かくして「事実」よりもその人の「らしさ」のみを極端に誇張したときに生まれるユーモアが生まれたわけですが、「イチロー伝説」を受けて例えば「宮本茂伝説」が作られたように、Chuck Norris Facts は Bruce Schneier Facts につながり、ネットを介してフォークロアが広がるのを見るのは、本家にあった微妙な面白さが損なわれるところはあるとしても楽しいものです。三度こじつければ、これも情報共有の一つの形なのでしょう。

最近ワタシが見た中では、「ポール・グレアム伝説」がちょっと面白かったです。特に「ポール・グレアムは頭が良すぎるので、彼はいつもチップをドナルド・クヌースからせしめた2.56ドルで払っている」というネタに痺れましたが、おそらくはこの言い回し自体既に他の人に使われていたものなのでしょう。

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プロフィール

1973年生まれ。 ウェブサイトにおいて雑文書き、翻訳者として活動中。その鋭い視点での良質な論評に定評がある。訳書に『デジタル音楽の行方』、『Wiki Way』、『ウェブログ・ハンドブック』がある。

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