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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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『サロゲート』の未来は近い:ロボット学者・石黒浩教授インタビュー

2010年1月19日

(『サロゲート』レビューから続く)

mr.ishiguro.jpgロボット工学者の石黒浩氏は、大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授をはじめ、ATR知能ロボティクス研究所客員室長など数多くの肩書きを持つ。2006年には自身がモデルの遠隔操作型アンドロイド『ジェミノイドHI-1』を発表し、世界中の注目を集めた。そのジェミノイドと同氏を収めたCNNのニュース映像が、『サロゲート』の冒頭で架空の近未来史の一部として登場する。昨年12月、同作の日本配給元であるウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ・ジャパンの計らいにより、石黒氏にインタビューする機会を得た。

――これまで映画に登場するロボットと言えば自律型ロボットばかりでした。石黒先生が開発したアンドロイド「ジェミノイド」のコンセプト、つまり人間が自分そっくりのロボットを遠隔操作してコミュニケートするというアイディアが、メジャーな映画の主題として取り上げられたのは今回の『サロゲート』が初めてだと思います。ご自身の研究がまさにハリウッド映画のテーマにもなったということへのご感想からうかがえますか。

人工知能を持ち、何でも人間と同じロボット、というような短絡的なSFではもうごまかされなくなり、もう少しリアルな技術とSFが混じってきているということでしょう。この先社会がどうなるかなんて予測できないような時代になっています。インターネットや携帯電話が急速に普及するなど、予測できない時代の中では、やはり現代の技術の延長で未来を描くしかない。そうした事情からSF映画が少し変わってきたという気がします。

――現実には遠隔操作するロボットは(人間そっくりではないにせよ)実際に開発されていますが、なぜこれまでのSF映画などでは自律型のアンドロイドばかり登場していたのでしょう?

そのほうが、人が想像しやすい、イメージを受け入れやすいからだと思います。「遠隔操作なんてロボットじゃない」という固定観念もありました。でも、人間の日常生活なんてほとんど遠隔操作の延長みたいなものです。ただし、人が分かりやすい、昔から描かれてきたロボットの「像」というのがあるわけで、それをそのまま映画にすれば今までのような映画になります。でも、そういうのに飽きるということもあるし、技術の方がリアリティーを増してきたら、人々も理解して受け入れるようになる。かつてSF小説などに出てきたロボットではもう済まなくなっているのだと思いますね。

――映画の中ではグリアー捜査官(ブルース・ウィリス)のサロゲートが帰宅して、装置に横たわるグリアー本人と対面するシーンがあります。石黒先生も自分そっくりのジェミノイドを作ったことで、似たような体験をされていると思いますが、実際どんな感じがするものなのでしょうか。

ジェミノイド自体は歩けず、遠隔操作する場所は別なので、映画とまったく同じ状況はないですが、ジェミノイドと対面する体験というのは、双子の兄弟に向かい合うことに近いでしょう。見かけは鏡みたいなものでも、自分のことは意外に分かっていない。たとえば身ぶりの癖などがそうです。ですから、人間は自分のことを全部分かって動いているわけではなくて、だいたい7割ぐらいしか分かっていなくて、あとは予測で全部動いているんですね。だから他の体にも乗り移れるし、社会的にも互いの心を信じ合えるようなところがあるし。ですから、ジェミノイドでの体験は、いままで曖昧だったものが、僕自身にとっては割と確信めいたものに変わった瞬間でもありました。

――映画では殺人事件の謎を追う本筋のほかに、グリアーとその妻マギーの関係をめぐって、身代わりロボットの「存在感」や「心」の問題が描かれます。たとえばグリアーは、マギーがサロゲートを介してしか自分と向き合おうとしないことに不満を覚えています。

ああいうことは実際に起こると思います。一番の問題は、身代わりロボットによって肉体から解き放たれるようなところがあるわけですね。だから、恋愛も変わるし、犯罪も変わってきます。ですから、人間は本当に肉体の制約から解き放たれてもいいのか、という問題がまず根本的にあります。そのうえで、「本当のあなた」とは何なのか、ということを映画の中で問われたとき、僕はもう一度考えさせられました。僕は今まで、肉体の制約なんか取り払ってしまえばいい、そんなものはいらないと思っていたんですが、人間というのはやはりもっと肉体に縛られた生き物で、少なくとも僕らの精神状態というのは肉体から完全に切り離すことはできないものかもしれない、と思い直した部分もあったのです。『サロゲート』を観たことで、肉体と精神の関係性についての一般的な認識に少し「戻った」感じがしましたね。ここで迎合してはいけないと思いつつも(笑)

でもやはり、サロゲートを使って肉体の制約から解き放つというのは気安いことではないだろうとは思います。ネット上の仮想世界とは違う部分です。物理世界で自分の身代わりになるというのは、日常生活のすべてに影響を及ぼすわけですよね。物理世界の方がきついというのは、逃げようがないからです。ある意味、日常が全部バーチャルな世界になってしまうわけです。ネットの世界というのは、ネットを使っているときだけなので、そこを離れてたとえば食事をしたりしているときなどは関係なくなります。接続を切れば終わりで、別の世界で生きているという感じ。サロゲートの場合は、それが物理世界とミックスされているので、本当の自分はどこにいるのか、物理的な世界にもいない、仮想的な世界にもいない、なんてことになるかもしれない。そうしたアイデンティティーの所在が問題になってくるかもしれません。

物理世界で身代わりが同時に存在すると、主体が入れ替わるということも起きます。僕は「ジェミノイドに似てきましたね」と言われることがあります。映画の中でも、「あなたサロゲートに似てますね」といった台詞が出てきます。こうしたことは実際に僕の研究や生活の中でも起きています。主体が変わってしまうということは、先の「本当の自分はどこにいるのか」という問題につながるわけです。僕の場合は主体がジェミノイドになるわけで、これは結構きついです。僕だけの悩みなのですが、「僕から研究成果や肩書きを取ったら、誰が僕を見てくれるんだろう? そんな自分に価値があるのか?」と思うわけです。

『サロゲート』の世界もそうですよね。サロゲートがなくなった丸裸の人間に価値があるのかと。社会生活を営んでいるのは全部サロゲートで、本人よりもちょっと若い見かけでいろんな人と出会っているわけです。化粧と一緒かもしれないですが、化粧なしでは外に出られないという人の「化粧依存症」を考えたら、「サロゲート依存症」というのもリアルに出てきそうです。そこではサロゲートが主体になるわけです。「本当の君を知りたい」という映画の台詞も、「本当の私を知りたい」ということと同じで、僕自身も「本当の私」というものがよく分からない。ジェミノイドを作らなければ、こんな取材もないじゃないですか(笑)。「裸の私」に誰が興味を持ってくれるのか、というのが悩みになっていますね。

――化粧とサロゲートの類似性に関して、マギーの職業が美容師であるというのも象徴的だと思いますが、人間は長い歴史の中で裸の自分を隠し、身をつくろう、装う術を獲得してきました。そうした習性の行き着く先が身代わりロボットの世界なのでしょうか。

『サロゲート』の世界では、化粧だけでなく、行動も知能も、ありとあらゆるものを置き換えられるわけで、そうなったらおそらくサロゲート依存症にもなるのでしょうね。今はジェミノイドを持つ僕だけが「本当の自分はどこ?」という感覚を持っているけれど、誰もがそれを思うようになる。でもそれは良いことで、皆が「人間とは何か、心とは何か」ということをリアルに感じられる世界になっていく。そのように、僕らは「人間とは何か」を知るために生きている、という持論が僕にはあるのですが、技術が発展すれば一般の人もそういうことを考えられるようになるし、この映画はそれを考えさせる最初のきっかけになると思います。

――世界中の誰もがサロゲートを使うというのは非現実的にせよ、高齢者や障害者など、自由に行動できない人たちが利用したり、石黒先生のように講演やインタビューの際に身代わりロボットを使うといったことは未来にあり得そうですが、いつごろ実現すると予測していますか?

来年(2010年)ですね。

――えっ、来年ですか?

映画のように歩いたりはできませんが、ジェミノイドの普及型を作るので。値段もずいぶん下がります。さらに、もっと小型で、外見は人間にしか見えないものの、もっと簡単なデザインのロボットが、一般の人でも手に入れられる値段で作られます。どんなロボットかは最近出した本(『ロボットとは何か――人の心を映す鏡』講談社現代新書)を読んでください。

――今日はどうもありがとうございました。最後に石黒先生から読者に向けて、『サロゲート』で特にここに注目してほしい、という見どころを教えていただけますか。

もちろんたくさんあるのですが、一つは最後の「ボタンを押すのか、押さないのか」という場面です。あの場面で、自分自身が当事者だったらと想像して、どちらにするのかを選択してほしいですね。


[『サロゲート』情報]
2010年1月22日(金)ロードショー
ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン配給
公式サイト
© Touchstone Pictures, Inc. All Rights Reserved.

[石黒浩教授に言及したワイアード過去記事]
「ロボット倫理学」の現在:ロボットの責任や精神病もテーマに
三菱の介護ロボット『ワカマル』、俳優として舞台デビュー
iPodやPDAを「愛しすぎる」人々

[以下の動画は、人間とロボットの関係性やふれあいを取り上げたデンマーク製作のドキュメンタリー映画『Mechanical Love』(2007年、日本未公開)の一部。ここでも石黒教授とジェミノイドが紹介されている]


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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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