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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実<新装版>』:リマスターCDのお供に

2009年9月15日

The_Beatles_Sound.jpgビートルズの全14アルバムのリマスターCDが9月9日に発売されたのに合わせて、ここ最近ビートルズ関連本も数多く出版されている。その中の1冊、『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実 <新装版>』は、ビートルズ中期~後期のレコーディングスタジオでサウンドエンジニアを務めたジェフ・エメリックの回顧録で、グラミー賞の最優秀エンジニア賞を獲得した『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』『アビイ・ロード』を含む名盤たちがどのように誕生したかがよくわかる好著だ。

高校を卒業してEMIに就職したエメリックは、出勤2日目にアルバムデビュー前のビートルズに会っている。デビュー作の『プリーズ・プリーズ・ミー』から6枚目の『ラバー・ソウル』までは、アシスタントとして録音現場に立ち会い比較的単純な作業を任される程度だったが、正式にビートルズのサウンドエンジニアに昇格した『リボルバー』のレコーディングから、メンバーの意図をくんだ音作りのアイディアを積極的に出し、彼らが独創的なサウンドを開拓するのに技術面で大きく貢献することになる。

したがって、スタジオワークに関する記述も『リボルバー』以降からがぜん活き活きとしてくる。『トゥモロー・ネバー・ノウズ』では、ジョン・レノンから「オレの声を、何マイルも向こうの山のてっぺんから、ダライ・ラマがうたっているような感じにしてほしいんだ」という要望を聞き、ハモンドオルガン用の回転スピーカーにヴォーカルを通すことを思いつく。さらに、バスドラムにはセーターを中に詰めてミュートすると同時にマイクを至近距離にセットし、リミッターをかけて意図的に過入力させることによりタイトで迫力あるドラムサウンドを作り出す。

『ストローベリー・フィールズ・フォーエバー』では、1週間空けて録音された2つのテイクをつなげることになったが、それぞれのテイクのキーが半音違い、テンポも少し違っていたことから、2コーラス目が始まる60秒過ぎ以降のテイクのスピードを少し下げてキーを落とす。最初のテイクは、冒頭の完璧なテンポを活かすため通常のスピードでスタートさせ、1分間かけて徐々にスピードを上げ、編集点でぴったり合うピッチに持っていく。

メンバーたちがアイディアを出し合い、楽曲を仕上げていく様子も、現場に居合わせたエメリックならではの臨場感で語られる。以下は、バンドにとって最後のレコーディングとなる『アビー・ロード』のスタジオ風景のワンシーン。

とくに重要だったのが「ジ・エンド」と題された曲だ。アルバムのラストを飾る予定の曲だったので、ぼくらもおのずと力が入った。リンゴのドラム・ソロが終わると、数小節にわたって空白があり――「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のミドル・セクションをやったときのように、ポールが「いずれなにか考えつくだろう」と手つかずにしておいたのだ――肉づけになにをつけ加えるべきかをめぐって、長い議論が始まった。
「当然、ギター・ソロだろうな」とジョージ・ハリスン。
「ああ、だが今度はオレにやらせろよ」とジョンが冗談まじりで言った。(中略)ジョンもふくめ、全員が笑ったが、ぼくには彼がなかば真剣なのがわかった。
「そうだ!」ここで話を終えるつもりのなかったジョンは、わざといたずらっぽい声で言った。「オレたち全員が、かわりばんこでソロをを弾くといいんじゃないか?」
 (中略)
 ジョージはどうだろうという顔をしていたが、ポールはこのアイデアを気に入っただけでなく、さらにもう一段ハードルを高くした。
「だったら、いっそ」彼は言った。「三人いっしょにライヴでやろう」
 ジョンはこの案に飛びついた。ここ何週間かで初めて、彼の目はほんものの輝きを宿していた。
 (中略)いずれにせよ、彼らがソロをレコーディングした一時間強のあいだ、三人のかつての友人たちの間に入り込んでいた悪意、いさかい、たわごとは、すべて消え去った。
 ジョン、ポール、ジョージは時間をさかのぼり、まるで少年時代のように、いっしょに音楽をプレイする喜びにひたっていた。(中略)
 三人が練習をつづけるあいだに、ぼくは念入りに音づくりを進めた。メンバーのひとりひとりに、はっきりそれとわかる独自のサウンドをあてがおうとしたのだ。
 (中略)
 驚いたことに彼らは、ごく簡単にリハーサルを済ませると、このソロを最初のテイクでものにしてしまった。
 (中略)
 もしかしたらソロを弾いていたとき、いっしょにプレイするのはこれが最後になると彼らにはわかっていたのかもしれない。もしかしたらあれが、辛い別れの瞬間だったのかもしれない。

ビートルズの音楽創造の現場で起きたドラマと、レコーディングを支えたエンジニアによる創意工夫の記録がバランスよく配された本書は、今回リマスターCDを購入して聴き込み、さらにビートルズ・サウンドについてもっと深く理解したい、というリスナーの期待に応えてくれるはずだ。

[書籍情報]
『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実 <新装版>』
ジェフ・エメリック&ハワード・マッセイ著、奥田祐士訳
価格:税込み2940円
発行:白夜書房
紹介ページ


[おまけ]
卓を操作しているジェフ・エメリックが収められた貴重な映像。

The Fab Fauxというのは腕利きのベーシスト、ウィル・リーが率いるビートルズのトリビュートバンド。ほかのメンバーは知らない名前ばかりだが、スタジオミュージシャン仲間のようだ。彼らによる『アンド・ユア・バード・キャン・シング』のスタジオセッションをエメリックが訪問し、音作りをアドバイスしている。ウィル・リーのプレイスタイルは指弾きとスラップがよく知られるが、この曲ではポールのベースサウンドを再現するためリッケンバッカーのベースをピックで弾いている。

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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