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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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『サイバービア 電脳郊外が“あなた”を変える』と、日本的な情報ループの今日この頃

2009年9月10日

ネットと社会・文化の歴史を概観

cyburbia.jpg『サイバービア 電脳郊外が“あなた”を変える』(ジェイムス・ハーキン著、吉田晋治訳)はNHK出版から7月末に刊行された。サイバービア(cyberbia)とは「サイバースペースにおける郊外」(cyberspace+suburbia)といった意味の造語で、従来のサイバースペースからさらに進んだ特殊なネット環境を指している。英国人の筆者が冒頭で示すサイバービアの現実的なメタファーは、3階建てのテラスハウスが見渡す限り立ち並ぶ場所であり、ハリウッド映画に出てくるような一戸建てが平面的に広がる米国の郊外というよりも、日本の「ニュータウン」に近いイメージだ。

そこでは近隣の住人の動向が窓越しに目に入るため、最初は好奇心から相手を観察する。するとどうやら、相手も自分を観察しているようなので、身ぶりや照明を使ってメッセージを伝えようと試みる。ふと気づくと、ほかの住居の窓にも、自分と同じように誰かにメッセージを送っている人の姿が見える。いつしか住人たちのことだけでなく、自分がどう見られているか、自分のメッセージが相手に伝わっているのかも気になり始めている。ささやかな情報発信がフィードバックされ、果てしない情報ループとなる過程で、その大きな力に住人が飲み込まれ、「サイバービアの囚人」になってしまう……。日本のネット事情に照らして考えると、2ちゃんねるなどの匿名掲示板から、mixiなどのSNS、最近日本でもユーザーが増えてきたTwitterまで、さまざまなネットのコミュニケーションへの依存症に近い熱中が、サイバービアの例になるだろうか。

ただし著者は、サイバービアをネガティブな形態としてむやみに警鐘を鳴らすのではなく、サイバネティックスに始まり、サイバースペースからサイバービアへと進展した歴史をひもとき、その鍵となる「情報ループ」が人間にどのような影響を与えるかを多くの章を割いて説明する。第二次大戦期に対空砲の射手と敵パイロットを一つの情報ループとして捉える電気式対空砲予測機の研究からサイバネティックス(制御と通信を扱う学問、電脳工学)が誕生し、コンピューターの開発とネットワークの構築を経て、インターネットに至る技術の進歩を追う。その一方で、1960年代以降のニューレフトによる草の根民主主義、ヒッピーカルチャー、マーシャル・マクルーハンのメディア論と「地球村」(電子回線でつながれた地球規模のネットワーク)など、パーソナル・コンピューターとワールドワイドウェブ、さらにはP2PネットワークやSNSが登場する下地を作った社会や文化の状況も俯瞰する。ついでに紹介すると、『ワイアード』誌の登場もそうした文脈で語られる。

一九九三年一月、(スチュアート・)ブランドの古くからの仲間で『ホール・アース・カタログ』の編集者の一人でもあったケヴィン・リーがサンフランシスコで『ワイアード』誌という新しい雑誌を創刊する。『ワイアード』誌は、ニューエコノミーというアイデアのすべての面における先駆者として重要な役割を果たすことになった。その創刊号で同誌は、創刊にこぎつけたのはマーシャル・マクルーハンのおかげであり、巨大なグローバル・ネットワークの中で誰もが簡単につながり合い、真に平等で完全に自己組織化され、当局の手がまったく届かない世界がユビキタス・コンピューティングによって実現するのを楽しみにしていると宣言した。
(本書106ページ)

比較的最近の事例では、サイバービアにおける覗き趣味と露出趣味が社会現象にまでなったYouTubeの「ロンリーガール15」が紹介されている。これは2006年6月からブリーという16歳の少女がYouTubeにアップした動画のシリーズもの(下の動画はその第1回)で、当初は田舎町での自身の人生を語る内容だったのが、次第に両親がカルト宗教にはまっていることがほのめかされるなど予想外の展開になるにしたがい、世界中で多数のファンを生んだという。

だが同年9月、熱心なネットユーザーたちによって彼女が実は19歳のジェシカ・ローズという女優であり、映画制作者の友人らと自分たちのキャリアをスタートさせるために行なった一種のフェイクドキュメンタリーだということが明らかになった(New York Timesのような大手紙が取り上げたことからも、当時の反響の大きさがうかがえる)。YouTubeを使ったバイラル・マーケティングの走りでもあり、IMDBでJessica Roseのページを見ると、2007年から2008年にはテレビドラマに多数出演していることから、彼らの目論見は確かに成功したようだ。

日本では最近どうなのか

先述のように筆者は英国出身なので、たとえば、イングランドのある弱小プロサッカークラブが2万人のファン団体に身売りし、ウェブサイトを通じたクラウドソーシングにチーム運営を任せたエピソードなども盛り込まれ、ともすると類書では米国の話題に終始しがちなコンピューターとネットの歴史と現状に、外国人らしく少し距離を置いた冷ややかな視点も加えている。だが当然というか、日本の「サイバービア的状況」がどうかということは本書で語られず、それが少々残念でもある。

そこで、本書の内容と接点があると思われる最近のネットの話題(主にウェブサービスとその利用をめぐる論争)をいくつか挙げてみる。

  • Twitterをめぐる池田信夫氏と小飼弾氏の意見と反論(123)※
  • ダウンロード違法化・Winny利用・児童ポルノに関するMIAU(インターネットユーザー協会)の立場や意見に対する高木浩光氏の批判と津田大介氏の釈明(123)
  • 2ちゃんねるの「祭り」とネット右翼についての小田嶋隆氏のコラムと、「荒らし」を含むネットの反応(123)

これらのホットな話題は、僕自身にとっても仕事の上で勉強になるという思いもあるせいか、記事を熱心に読み、激しい応酬があれば先の展開が気になり、コメント欄やはてなブックマークにまで目を通して、いつの間にか相当の時間を費やしていることに愕然とした。それをこうしてブログに取り上げることで、もしかしたらこれらの話題を知らなかった読者がリンク先を訪れて同じように「ハマる」きっかけを作るかもしれないのだから、僕自身もまた情報ループの渦に巻き込まれているのだろう。

自分ももしかしてサイバービアに住んでいるのだろうか? サイバービアから脱出するにはどうしたらいい? そんな疑問を抱いた方に、ぜひ本書で答えを探すことをおすすめしたい。

[書籍情報]
サイバービア 電脳郊外が“あなた”を変える』(NHK出版オンラインショップ)

※ 池田氏が指摘していたTwitterの速報性に関連して、最近たまたま翻訳にかかわったSEOmozの記事では、TwitterやFacebookのユーザーが書く自分の健康状態についての情報を効率よく収集することで、インフルエンザなどの大流行を防ぐ世界規模の早期発見システムが実現すると期待していた。サイバービア環境も使い方次第でポジティブな効果が得られるということだろうか。

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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