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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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『デュプリシティ ~スパイは、スパイに嘘をつく~』レビュー:諜報も恋愛も要は駆け引き?

2009年4月27日

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(C)2008 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

MI6諜報員のレイ(クライヴ・オーウェン)はかつて、ドバイの領事館でのパーティーで出会ったクレア(ジュリア・ロバーツ)を口説き、ホテルの自室に連れ込んだ。だが彼女は実はCIAの諜報員で、レイが入手していたエジプト空軍の機密情報を横取りするのが目的だった。その後も派遣先の外国で出会いを繰り返すうち、2人は恋仲になり、政府機関のエージェントから産業スパイに転身して、大企業を罠にはめ大儲けすることで意気投合。ターゲットに選んだのがトイレタリー(洗面用品、ボディーケア、ヘアケア)業界のトップ企業2社、B&R社とエクイクロム社だった――。

タイトルにある「デュプリシティ」(duplicity)とは、「duplex:(形)重複の、二重の;(動)二重にする」から派生した名詞で、「二重性、二枚舌を使うこと、いかさま」といった意味。タイトルロールでは、2社それぞれの専用ジェット機と背後の格納庫による対称的な構図でタイトルを象徴すると同時に、B&RのCEO(トム・ウィルキンソン)とエクイクロムのCEO(ポール・ジアマッティ)による取っ組み合いの喧嘩をスローモーションで見せることで映画の先行きを示唆している。元CIA工作員の「ジェイソン・ボーン」三部作の脚本で知られ、企業犯罪と“揉み消し屋”弁護士を描いた『フィクサー』(2007年)で監督デビューを果たしたトニー・ギルロイは、シリアスでスリリングなストーリーテリングを持ち味とするが、今作は違う。専用ジェットを保有するほど大成功した企業トップの2人が部下たちの前で子供みたいに喧嘩するのだから、この映画にリアルさを求めてはいけない。企業間の情報戦争と産業スパイの駆け引きを、コミカルかつユーモラスに、大げさかつ優雅に描いた娯楽作なのだ。

エクイクロムからスパイとして送り込まれ、B&Rで対敵情報部の副部長となったクレアは、B&Rが「世界市場の頂点に立つ」ことを可能にする謎の新製品を近く発表するという情報を得る。この極秘情報を非合法な手段で奪おうと画策するエクイクロムのスパイ・チームに雇われたレイは、B&R子会社の女性社員を色仕掛けで落として関連データを入手、新製品の謎に迫っていく。ただし、雇い主には明かさないクレアとレイの真の狙いは、業界を揺るがす新製品の詳細をいち早く他のライバル企業に売りつけること。といっても、職業柄ひとを騙すのが得意で、なおかつ他人の言葉を疑うことが習い性になっている2人は、心から信頼し合う揺るぎないパートナーではなく、いつも腹の探り合いをしている不安定な関係。果たして、2社間の情報戦争の行方はどうなるのか、2人は思惑通りに大金を手にすることができるのか――。

スパイ映画といえば『007』シリーズや『ミッション・インポッシブル』シリーズのイメージが強いせいか、格闘にドンパチ、カーチェイス、最新のハイテク機器といった派手な要素が定番のようにも思えるが、『デュプリシティ』にはこうした要素はほとんど登場しない。代わりに、敵の情報を入手する「諜報」、敵の諜報を阻止する「防諜」、偽情報を敵につかませる「謀略」といった諜報活動の基本が、この映画で産業スパイたちによって駆使される。その点では、代表的なスパイ映画よりも現実に近いのだろう。

ただ、日用品を扱い消費者や株主へのイメージを重視するはずの大手企業が、競合相手の情報を得るために多大な資金と人員を費やし法まで犯すものだろうか、という疑問もなくはない。もっとも、そうした違和感は「スパイ天国」と呼ばれる日本の危機意識の薄弱さから来るのかもしれず、なにしろ米国には違法な諜報活動の責任を取って辞任した大統領さえいるのだから、向こうの観客は案外リアルに受け止めるのかも。そういえばIBM産業スパイ事件という、日本企業が米国で罠にはめられた出来事もあったわけだし。

とはいえ、この映画は先に書いたようにあくまでも娯楽作として気軽に鑑賞するのがよさそうだ。ドバイ、ローマ、バハマといった景勝地を背景に、知的で洒落たファッションに身を包むクライヴ・オーウェンとジュリア・ロバーツの美男美女カップルを眺めると、お手軽に観光気分とロマンチックなムードを味わえる。また、敢えて恋人に嘘をついて相手の誠実さを試すという、恋愛テクニックのお手本になりそうな会話もある(ま、この手のテクはTPOを間違えると破局を招くだろうけど)。

相手の裏をかき、さらにその裏をかく、といった二重三重の騙しと、現在と過去の時間軸を何度も行き来する展開は、すごく凝っている割に効果は微妙な感じもするが、その辺も含めておおらかに楽しむ大人の映画と言えそうだ。

『デュプリシティ ~スパイは、スパイに嘘をつく~』
原題:DUPLICITY 2009年アメリカ映画
監督・脚本:トニー・ギルロイ
出演:ジュリア・ロバーツ、クライヴ・オーウェン、トム・ウィルキンソン、ポール・ジアマッティほか
配給:東宝東和
5月1日(金)TOHOシネマズ みゆき座他にて全国ロードショー
公式サイト

※参考までに、ワイアード過去記事で米国のスパイ事情を取り上げたものを2つ挙げておく。
スパイ業界で増える「契約社員」:連邦政府職員よりも高給取り
米国で活動するスパイの実態調査:無給、逮捕率も上昇

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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