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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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『スラムドッグ$ミリオネア』アカデミー賞の期待大! 運命と奇跡と感動の物語

2009年2月23日

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(C)2008 Celador Films and Channel 4 Television Corporation

映画の冒頭、ジャマール(デーヴ・パテル)は警察で取り調べを受けている。このシーンにテロップが重なり、観客にこう問いかける。「ジャマールはあと1問で2000万ルピー[約4000万円]を獲得するところまで勝ち抜いた。それはどうしてか? (A)ズルをした(B)幸運だった(C)天才だから(D)運命だった」――。

ゴールデン・グローブ賞の4部門をはじめ全世界で66の映画賞を受賞し、今日(米国時間では2月22日)発表される第81回アカデミー賞では作品賞や監督賞など9部門10ノミネート、その結果に注目が集まる本作。日本公開は4月でまだ少し先だが、主要賞の受賞を期待しつつ早めの試写レビューを。

原作はヴィカス・スワラップの小説『ぼくと1ルピーの神様』(子安亜弥訳、ランダムハウス講談社刊)。貧しく学もない若者が、幼少からのつらく厳しい体験によって刻まれた記憶と運を頼りに、クイズ番組の難問に次々と正解していくという基本的な流れは原作と同じだが、主人公のキャラクター設定や登場人物、エピソードが大幅に変更され、老若男女あらゆる観客が笑って泣いて、素直に感動できる2時間の娯楽映画に生まれ変わった。脚本はサイモン・ビューフォイで、『フル・モンティ』(1997年)ではアカデミー賞最優秀脚本賞にノミネートされている。

変更点で特に効果的だと感じたのは、原作の主人公が持つダークな側面(悪い大人を階段から突き落としたり、列車強盗に発砲したり、愛する人のために大金を盗むなど、いざという時には非常手段もいとわない)を切り離し、映画版で創作した「兄」のキャラクターに、こうした現実主義的で金と力を求める傾向を持たせたことだ。それによって、映画の主人公ジャマールは非暴力的で純愛を信じる誠実な人柄となり、兄サリームとの「ポジとネガの関係」が絶妙なコントラストとなって物語を盛り上げる(なお、小説版の主人公の親友サリムを巡るエピソードも、いくぶん映画版の兄に移されている)。主人公がクイズに参加した「本当の目的」の真相に、そうしたキャラ設定が活きてくるし、兄が自ら行ってきたことの「代償」を終盤で払うことで、道徳的な観点からも観客は結末を受け入れやすくなったのではないだろうか。

ヒンドゥー・イスラム両教徒の対立によるムンバイの暴動で母を失った幼いジャマールと兄は、やはり孤児の少女ラティカと共に、ママンという男が運営する学校に連れて行かれ、そこの障害児たちとともに物乞いをさせられる。ママンの元から逃れたあと、ジャマールはタージマハールのもぐりのガイド(+観光客から盗んだ靴の販売)、ムンバイに戻ってファストフード店の店員、携帯電話会社の英国顧客向けコールセンターの従業員と、住まいと職を変えながらも、ラティカを想い続けている。

そうしたジャマールの成長に合わせて、スラム街だったムンバイが急速に発展し、IT企業などのビルが林立する大都市に変身する過程も描かれる。映画を通じて、急成長する都市と経済、富裕層と貧困層の格差、宗教対立といったインドの現在の姿に触れることができ、昨年同時テロが起きたムンバイという都市について、わずかとはいえ理解を深めるのに役立つだろう(主人公2人が待ち合わせるチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅は、テロ攻撃の標的の1つとなった)。

もっとも、シリアスな要素ばかりではなく適度に笑いも盛り込まれているし、番組「クイズ$ミリオネア」でそれぞれの問題に答えるシーンは、最後の一問までは正答することが冒頭で明かされているにもかかわらず、演出が巧みでやはり興奮させられる。主人公と司会者の心理的な駆け引きも山場のひとつになっている(原作では主人公と司会者の間に、映画にはないやり取りがあり、それはそれで面白いのだが)。

ちなみに、冒頭シーンで示される問いの選択肢のうち、「(D)運命だった」と字幕が当てられる項の原文は"It is written."だ。ここでおや?と思う人もいるはずだが、キリスト教圏の人なら有名な聖書の一節を思い浮かべるだろう。

(新共同訳) イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」

(NRSV)
But he answered, "It is written, 'One does not live by bread alone, but by every word that comes from the mouth of God.'"

[マタイによる福音書4章4節 新改訂標準訳より]

"It is written"というフレーズは、その後に神の言葉が続くことから、「神が示した定め=運命」という解釈がなされているわけだ。ただし、映画では文字通りの「書かれている」という意味とのダブルミーニングになっていて、最後にニヤリとさせられる演出がある。

さて、アカデミー賞の結果はどうだろうか。ノミネートの数では『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』が13で最も多いが、大スターが出演するビッグバジェットのハリウッド映画、舞台も米国の近現代ということで、やや目新しさに欠ける。一方の『スラムドッグ~』は、英国やインドの無名な役者たちを使い、少ない予算(1500万ドル)で、インドで撮影された作品だ。これで『ベンジャミン~』を上回る賞を獲得したら、アカデミー史上でも異例の快挙となる。判官びいきというわけではないけれど、『スラムドッグ~』の奇跡の物語に新たなミラクルが加わることを期待したい。

[2月23日午後2時15分追記]
撮影賞、脚色賞、録音賞、編集賞、作曲賞、主題歌賞(『Jai Ho』)、そして監督賞、作品賞! アカデミー賞の結果は、『スラムドッグ$ミリオネア』が最多8部門受賞で圧勝でした。作品賞が発表された後で壇上にスタッフとキャストが20人ぐらい上がり、人口密度が高い感じがインドを象徴しているようで微笑ましかったです。


原題:SLUMDOG MILLIONAIRE / 2008年イギリス映画
監督:ダニー・ボイル(『トレインスポッティング』)
キャスト:デーヴ・パテル、フリーダ・ピント、イルファーン・カーンほか
脚本:サイモン・ビューフォイ
編集:クリス・ディケンズ(『ホット・ファズ-俺たちスーパーポリスメン!-』)
作曲:A・R・ラフマーン
原作:『ぼくと1ルピーの神様』
提供:ユーズフィルム×メディアファクトリー
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
宣伝:ギャガGシネマ
4月 全国順次ロードショー
公式サイト


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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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