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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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押井守監督『スカイ・クロラ』BD版レビュー:迫力の空中戦CG映像と鮮烈な音響を満喫

2009年2月17日

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©2008 森 博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会


遺伝子操作により思春期の姿のまま永遠の命を生きる“キルドレ”。彼らが兵士として参加する戦争が、平和な時代のショーとしてテレビ中継されるもうひとつの世界。キルドレのカンナミ・ユーイチ(加瀬亮)は、ある基地に戦闘機パイロットとして配属され、女性司令官のクサナギ・スイト(菊地凛子)と出会う――。

森博嗣の連作小説のアニメ映画化で、昨年8月に劇場公開された押井守監督の最新作『スカイ・クロラ』が、いよいよ2月25日にBlu-ray Disc/DVDでリリースされる。発売に先立ち本編のブルーレイ版と特典DVDをお借りすることができたので、今回はそのレビューを。

まずブルーレイ版の仕様は、ソニー製『HDCAM-SR』の1080/24PマスターからAVCコーデックでダイレクトに圧縮したという片面二層ディスクで、1080/24P出力が可能な視聴環境であればフィルムライクな高精細映像を存分に楽しめる。3DCGで描かれる戦闘機や建物や風景の緻密な質感と、手描きの2Dキャラの繊細で温かみのあるタッチがそれぞれに味わい深い。

最高の見せ場は戦闘機同士による空中戦のシーンで、先尾翼の独特のデザインが美しい『散香』(航空機マニアの間で人気が高い『震電』がモデル)が機敏に飛び回り、敵機と銃撃戦を繰り広げるスリリングな映像に大いに興奮した。後半には多数の戦闘機と爆撃機の編隊による大規模な戦闘も用意されている。敵味方が入り乱れて飛び交うシーンは細部まで一度に見渡せないほどの圧倒的な情報量で、山場を繰り返し再生できるパッケージメディアのありがたみが実感できる。

ちなみに、機上のパイロット同士の通信は英語で交わされていて、字幕が付くのだが、終盤のある場面では、わざと英語のセリフとは別の日本語字幕を当てている部分がある。これはキルドレという存在の真相を示唆するヒントになっているので、ここでは書かないが、ごく簡単な英単語のため映画館で観た観客の多くも気づいたことがネット検索でわかる。さらに意外なことに、公式サイトの「ストーリー&キーワード」の項にもこの二重のセリフがはっきり書かれている(ネタバレになるのでご注意)。

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©2008 森 博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会

被弾した戦闘機がカメラのすぐ手前をかすめて(スローモーションの使用も効果的)墜落していくショットや、銃弾が貫通した翼の穴をカメラ(視点)が抜けていくショットなど、実写ではまず撮影不可能な映像のおかげもあって、これまで観たことのない最高に刺激的な空中戦を満喫できた。

映像面ではほかにも、実写さながらに刻々と変化しながら流れる雲や、機上から俯瞰した断崖と海面が、ずっと眺めていたいと思うほど美しくリアルなCGで描かれていた。

音声は、ロスレスフォーマットのDolby TrueHD(6.1ch)、DTS-HD Master Audio(6.1ch)の2形式で収録。ブルーレイに採用された音声規格としてはドルビーとDTSそれぞれの最高位の形式で、これらを聴き比べられるというのもなかなか贅沢だ。どちらも高品位だが、実際に聴いた印象のわずかな差を挙げるとすれば、Dolby TrueHDがメリハリが強く派手め、DTS-HD MAは原音に近い瑞々しく透明感ある再生音、といったところ。戦闘シーンの効果音をにぎやかに楽しみたいならDolby TrueHD、サウンドトラックの大型オルゴールの豊かな倍音(ガムランの響きに少し似ている)やストリングスの透き通った高音をじっくり味わいたいならDTS-HD MA、という選択もありだろう。

サラウンドデザインは、派手さはあまりないものの的確な仕事ぶりという感じ。背後の上空から現れた爆撃機の編隊が頭上を飛び越えていくシーンでの音像の移動や、ストリングスのゆったりした包囲感が特に印象的だった。なお、音響制作にはジョー・ルーカス率いる米Lucasfilm社傘下のSkywalker Soundが参加している。

また、特典DVDのうち特に興味深かったのは、“本編「ライカリール」DVD”と呼ばれるもの。これは、絵コンテ、レイアウト、原画、3Dシミュレーションなど、「スタッフが現場で活用した、制作途中段階の映像」を本編の時間軸に沿って集約し、本編の音声を付けたディスクで、「コンテ上に書かれたガイド用の文字等はあえてそのまま」残している。場面ごとに、素描であったり、未着色の戦闘機のCGであったり、さまざまな制作段階がストーリーに沿って並べられている。これはまさに、静止した絵に動きを与えて生命を吹き込むという、アニメーションにおける創造の過程を分かりやすく示してくれるもので、押井監督のファンだけでなく、アニメ制作に関心を持っている人にとっても貴重な資料になるだろう。

このライカリールの後に改めて本編を観た際、ひとつ気づいたのは奇妙な影の付け方だ。具体的には、日中のシーンでキャラに付けられた影と、宿舎の窓枠や格納庫の入口などの縦の線が作る影が平行していないところがいくつかあった。実写なら太陽光でできるこれらの影は平行して伸びるはずだが、まるで光源が2つあるかのようにはっきりと角度を成しているのだ。ほかにも、日中屋外でパイロットらが向かい合って会話するシーンでは、切り返しのカットでキャラの影がそれぞれの背後に付いていた(実写の場合、向かい合う2人の片方が順光なら、他方は逆光になって手前に影が付く)。

原因は各制作チームの間の連絡不足? いや、大勢のスタッフの目で繰り返し厳しくチェックされるアニメ映画ではまずあり得ないから、意図的な演出と考えるべきだろう。微妙な不自然さを生む影を付けることで、キルドレが自身の存在や曖昧な記憶に対して抱いている違和感を象徴しているのかもしれない。

登場人物の言動や背景の描写にさまざまなヒントが隠されていて、それらを見つけ、どんな意図があるのかあれこれ考えを巡らせるのもまた楽しみのひとつ。繰り返し観るたび次第に明確になる、作品に込められたメッセージと押井監督の世界観。『スカイ・クロラ』の魅力を味わい尽くしたいなら、やはり高品位な映像と音声のブルーレイ版がおすすめだ。



SkyCrawlers_BD.jpg●『スカイ・クロラ』コレクターズ・エディション 収納アイテム
本編ブルーレイ+ 特典DVD
価格 ¥43,050(税込)/ VPXV- 71909

●『スカイ・クロラ』ブルーレイ(通常版)
価格 ¥8,190(税込)/ VPXV-71014

●『スカイ・クロラ』DVD
価格 ¥5,040(税込)/ VPBV-13287

発売:2月25日
販売元: VAP,INC
商品ページ:http://www.vap.co.jp/sky-crawlers/


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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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