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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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『ウォーリー』:アニメ映画史上に残る傑作

2008年12月 1日

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©WALT DISNEY PICTURES/PIXAR ANIMATION STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

いたるところゴミだらけになった29世紀の地球で、たったひとりでせっせとゴミ処理に精を出すロボットの「ウォーリー」。人間はというと、ゴミまみれで環境汚染が進んだ地球に見切りをつけ、700年前に巨大な宇宙船に乗って宇宙に旅立っていた……。

全編CGアニメの映画だけれど、序盤の舞台となるこの荒廃した地上の描写はCG表現の到達点とも言うべき完成度で、実写かと見まがうほどにリアル。そのおかげで、屋外の動画広告や古い新聞に使われた実写の人間が、違和感なくCGの背景に溶け込んでいる。この実写の(つまり、リアルな姿の)人間というのが、実は中盤以降への伏線になっている。そしてもちろん、ウォーリーのルックスがとにかくかわいい! 言葉はほとんど発しないが、効果音に近い声と仕草で意思や感情を表現できる。なお、ロボットたちの声を含むすべてのサウンドデザインを担当したのは、『スター・ウォーズ』のR2-D2の声を作り出し、『E.T』などでアカデミー賞の音響関連の部門を4度受賞しているベン・バート。

さて、ウォーリーはゴミ処理のかたわら、気に入ったガラクタを住居兼倉庫のコンテナに収集している。一番のお気に入りは昔のミュージカル映画『ハロー・ドーリー!』のビデオで、真似して踊ったり、男女が手をつなぐシーンを見て「いつか自分も……」と夢見たり。延々と人間たちの“遺物”に接してきたせいか、ウォーリーには人間そっくりの嗜好や感情が芽生えていた。ガラクタをコレクションしたり、ダンスを楽しんだり、エアパッキンをプチプチつぶして面白がったり……。

こうした振る舞いを見て、観客は自然とロボットの主人公に親近感を覚えることになる。それはきっと、非生産的な行為、一見無駄な“あそび”に喜びや楽しみを見いだす傾向こそが人間らしさの本質だからであり、脚本・監督のアンドリュー・スタントンをはじめとするピクサーの制作スタッフも当然そのことを理解している(考えてみれば、映画を含む娯楽・芸術そのものが、ある意味無駄なこと、生存に必須でない余技から発展して巨大な産業になったという歴史を持つわけだし)。

そんなささやかな楽しみと孤独の日々が、宇宙から舞い降りた宇宙船が残していった探査ロボット「イヴ」の登場によって一変。女性らしい曲線的な美しいデザインで、純白のボディーをキラキラ輝かせながら天使のように空を飛ぶイヴに、ウォーリーは初めての恋をした。

最初のうちこそウォーリーに向けてレーザービームをぶっ放したり、気を引こうとするウォーリーの努力をあきれ気味に黙殺するイヴも、次第に打ち解けてきていいムードに(日本の男子が大好きなツンデレ展開……と書いたところでふとWikipediaを見たら、英語版を含め9ヵ国語でも項目が。ツンデレの価値観も漫画やアニメとともに海外進出を果たしていた)。

と思いきや、ある出来事をきっかけにイヴは突然動かなくなり、ウォーリーの心配をよそに日々が過ぎる。そこに再び宇宙船が降り立ち、イヴを回収して飛び立とうとするそのとき、ウォーリーはイヴを救うため宇宙船にしがみついた……。

こうして中盤からは舞台を宇宙空間に移してストーリーが進むのだけれど、公式サイトや予告編でもイヴが回収された母船「アクシオム」での展開は控え気味なので、これ以降の筋は劇場でのお楽しみということで。

とはいえ、当ブログで恒例の技術的・科学的な検証(野暮なツッコミとも言う)を中盤以降で2つだけ。まず、アクシオムの艦橋に上がるエレベーターの前に受付係らしいロボットがいて、彼(彼女?)が文字配列のキーボードを打っている! 入力されたデータはおそらく宇宙船のホストコンピューターに送られるのだろうけど、ロボット側に何か伝えるべき情報があるならLANや無線LANで直接データを送ればいいのに、わざわざロボットにタイピングさせるとは、なんて非効率的なインターフェース。もちろん、ピクサーはコンピューターのエキスパート揃いだから、これはジョークでやっている。第一この受付ロボット、両手とも「一本指打法」だし(笑)。

もう1つは、アクシオムの操舵輪を回しすぎて宇宙船が傾き、船内のあらゆるものが低い方に滑っていくという場面。これ、重力がどうなっているか考えると、おかしな描写だと気づくはず。円筒型や円盤型のような軸対称の船体を回転させて遠心力を発生させるか、床と靴の間で磁力を利用するという擬似的な方法(どちらも『2001年宇宙の旅』で描かれていた)以外に、現在の科学では人工的に重力を作り出すことはできないけれど、もちろんこれまで数多くのSF映画で軸対称でない大型宇宙船が登場していて、「人工重力装置」はもはや説明不要の未来技術として扱われているので、その点は受け入れるとして。

でも、船内に重力の源があるという設定なら、「船が傾いて、ものが低い方へ落ちる」という現象は生じないはず。重力装置を備えた船なら、たとえ180度回転してひっくり返ったとしても重力は依然として床側から引っ張るのだから。そもそも宇宙空間に上下はないわけで、「傾く」のは観客からの視点で相対的にそう見えるだけ。でもまあ、こうした状況が終盤の盛り上がりを演出しているのだから、やっぱり大目に見ないといけないか。

とはいえ、こんな難癖の1つや2つもつけたくなるぐらい、ストーリー、映像、演出ともに憎らしいほどよくできた作品で、「アニメ作品としては」という枕詞なしで傑作映画という評価も多く、アカデミー賞の(アニメ部門だけでなく)作品賞部門にノミネートされるのではないかという噂も。子供は愛らしいロボットたちをきっと大好きになる。大人が観ても、SF映画の名作や過去のピクサー作品への言及(イースターエッグ)を楽しめるし、純愛や環境保護、行き過ぎた技術への警鐘といった素朴なメッセージも穏やかに受け入れられるはず。『エイリアン』シリーズのシガニー・ウィーバーが声優で参加しているのもSF映画ファンには嬉しいところ。

尻尾までアンコの詰まった鯛焼きみたいに、最後のエンドロールまで魅力がいっぱい。音楽担当のトーマス・ニューマンとピーター・ガブリエルが共作したエンディングテーマ『Down to Earth』もいい曲だが(ちょっとピンクフロイドの『Wish You Were Here』っぽい展開もあるけど)、流れるクレジットの背景でウォーリーとイヴの「その後の歴史」を描くイラストが、古代エジプトの絵文字風の絵に始まり、モザイク画、スーラ風の点描画、モネの印象主義、ゴッホの渦巻きタッチといった具合に変化して、最後は初期コンピューターゲーム風のピクセル画になるという、絵画表現の進歩の歴史にもなっている。このエンドロールからは、歴史的な芸術の遺産を継承する存在としてのCGアニメに対する、ピクサーの自負が伝わってくる。

長編9作目で満を持して、SFで定番の要素(ロボット、未来、宇宙)を初めて取り上げ、CGアニメ映画のマイルストーンを打ち立てたピクサー。次回作『UP』(2009年5月米国公開予定)ではいよいよ、3Dアニメ映画という新たなフロンティアを切り拓くことになる。


『ウォーリー』 12月5日(金)全国拡大ロードショー
原題:Wall・E /全米公開:2008年6月27日
監督:アンドリュー・スタントン(「ファインディング・ニモ」)
サウンド・デザイン:ベン・バート (「スター・ウォーズ」シリーズ、「E.T.」)
音楽:トーマス・ニューマン(「アメリカン・ビューティー」、「ファインディング・ニモ」)
リンク:ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン
『ウォーリー』公式サイト

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©WALT DISNEY PICTURES/PIXAR ANIMATION STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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