映画『ブラインドネス』:現代人に「見ること」の意味を問う衝撃作
2008年11月20日
© 2008 Rhombus Media/O2 Filmes/Bee Vine Pictures.
あらすじ(プレス資料より)始まりは一人の日本人男性(伊勢谷友介)だった。
突然目の前が真っ白になり完全に失明する謎の伝染病は、
彼の発症を皮切りに爆発的な勢いで拡がっていく。
有効な治療法のない中、政府がとった政策は感染者の強制隔離だった。
次々と収容所に集められていく人々。
最初に失明した日本人とその妻(木村佳乃)、彼を診察した医者
(マーク・ラファロ)や売春婦(アリス・ブラガ)、黒い眼帯の老人
(ダニー・グローヴァー)、まだ幼い少年・・・。
そしてその中にただ一人“見えている”女がいた。
なぜか発症を免れたが、夫の身を案じて紛れ込んだ医者の妻
(ジュリアン・ムーア)だった。
収容所は軍によって厳しく監視され、食料や薬品の要求もままならず、
衛生状態も日増しに悪化していった。
感染者の不安はやがて苛立ちへと変わり、所内の秩序は崩壊してゆく。
やがて、自ら「キング」を名乗る男(ガエル・ガルシア・ベルナル)と
その仲間が銃の力で支配を始め、彼らの剥き出す欲望の前に、
遂に犠牲者が出てしまう。
耐え切れなくなった医者の妻は、反撃を決意するが ――。
『シティ・オブ・ゴッド』(2002年)のフェルナンド・メイレレス監督による長編第3作。カナダ・ブラジル・日本合作のインディペンデント映画ということで、ハリウッド製の大作のような派手さはない代わり、緻密な心理描写とよく計算された演出のおかげで、実に見応えのある作品に仕上がっている。
試写鑑賞後に、描かれた世界をもっと知りたいと思い、原作のジョゼ・サラマーゴ著『白の闇』(雨沢泰訳、NHK出版)を読んだが、こちらもやはり素晴らしい小説だった。人名や地名など固有名詞が排除され、会話部分に引用符を使わないなど、独特の作風ではあるけれど、じきに慣れてストーリーに引き込まれた。
比較してみると、メイレレス監督は原作におおむね忠実に映画化したことがよくわかる。特に冒頭、信号待ちの車に乗っていた男が発症する場面などは完璧だし、ある事情で命を落とした収容患者の1人を同じ病棟の女性たちが水で清める中盤の場面も印象的に映像化されている。
もちろん、必要に応じてエピソードの省略と追加も行なっている。たとえば、最初に失明した男とその妻が「お焚き上げ」の思い出話をするシーンは、伊勢谷友介がメイレレス監督の要請を受けてシナリオを書き下ろしたという。
もう一つ当ブログ的に挙げておきたい、原作にない映画オリジナルのネタは、収容所を支配した“第3病棟の王”(ガエル・ガルシア・ベルナル)が、所内の放送を通じてスティーヴィー・ワンダーの『I Just Called to Say I Love You』(邦題『心の愛』)をニヤニヤ笑いながら収容者たちに歌い聴かせるシーン。これには一瞬唖然とし、そのブラックジョークに不謹慎ながらつい笑ってしまった。銃で暴力的に支配して配給の食料を独占している男が、食料を分け与える代わりに金品を奪う相手に対して、「愛してるよ」と呼びかけるのも憎々しいが、全盲のアーティストであるスティーヴィー・ワンダーの歌を歌うことは男にとって自虐的でもある。よくもまあこんなきわどいネタを盛り込んだものだと感心する一方、過酷な環境で手段を選ばず生き延びようとする人物に対し、単純に否定するのではなく、人間の本質的な一面としてありのまま描こうとする監督の意図が、貧民街に暮らす少年ギャングを描いた『シティ・オブ・ゴッド』にも通じるように思う。
最後に、「白い闇」が象徴するものは何だろう。通常の視覚障害が光を失って暗闇にいるような状態だと仮定するなら、逆に光が入りすぎて何も見えなくなる状態だと類推できるのではないか。だとすると、過剰な情報を日々消費するのが習慣になったせいで、かえって重要な物事の本質が見えなくなっている現代人の境遇のメタファーだと解釈することも可能だろう。
夜、ベッドで目を閉じて、闇の中で一日の出来事をあれこれ振り返る、あるいは明日の予定に思いをめぐらす。ふと、あわただしい暮らしの中で何か本当に大切なことを見落としていないか、見過ごしていないだろうかと考える。この映画はそんな気づきを与えてくれる作品だ。
『ブラインドネス』 2008年11月22日公開
監督:フェルナンド・メイレレス
原作:ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』(NHK出版)
出演:ジュリアン・ムーア、マーク・ラファロ、伊勢谷友介、木村佳乃、ダニー・グローヴァー、ガエル・ガルシア・ベルナルほか
原題:BLINDNESS/2008年/カナダ・ブラジル・日本合作
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
公式サイト:http://blindness.gyao.jp/
高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」
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