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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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映画『ブロークン』レビュー後編(ネタバレあり)

2008年11月10日

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映画『ブロークン』レビューの前編へ

(前編を未読の方へ:このページは、ショーン・エリス監督の映画『ブロークン』(2008年11月15日公開)のレビュー記事で、ストーリーの核心に触れています。映画を未見の方は注意してください)


さて、前半が長かったので、後半はこの映画の「仕掛け」や解釈について簡潔にまとめていきたいと思います。

信頼できない語り手

サスペンスやサイコホラーでよく使われる、観客をミスリードして結末のどんでん返しを導くこの手法。映画で有名なのは『ユージュアル・サスペクツ』『シックス・センス』『アイデンティティー』あたり。『ブロークン』もこの方法を使っているものの、本人が意図的に嘘をついているわけではない、いわば「無意識の嘘つき」のパターンで、『シックス・センス』に近い。

「鏡像カット」の巧妙なインサート

まず、序盤で父親宅でのパーティのシークエンスをはさむように2度挿入されるロンドンの空撮映像。「小さなきゅうり」の名で親しまれる、弾丸のような外観の「30 St Mary Axe」ビル(全面がマジックミラーに覆われているという)と、テムズ川の位置関係に注意。一方が反転された映像で、互いに鏡像の関係になっている。鏡の向こう側に「異界」が存在することの暗示だろうか。

もうひとつは、地下鉄駅の通路で主人公のジーナが出口をもとめてさまよう場面。ほんの一瞬、彼女の顔に照明が当たらない反転カットが挿入される(直後に父親とのツーショット写真のフラッシュバック)。これが意味するものは……言うだけ野暮か。

鏡の向こうの「別人」

記事の前半で予告編を見ない方がいいんじゃないかと書いた理由のひとつが、鏡に映ったジーナの像が本人とは別の動きをする衝撃的なカット。この撮影には、モーションコントロール(コンピューターによりフレーム単位で制御する特殊な映画用カメラ、またはそのシステム)が使用されたという。

でも結末を知った後で考えると、この時点ではすでにジーナは……なので、ある意味ミスリードでもある。

カプグラ症候群の症例が急増している理由は?

ジーナの脳を検査した医師が、カプグラ症候群が「1923年から100症例が確認され、過去10年で80症例」と説明する。10年前までの約70年間で20症例だったのが一気に増加したわけだ。これは常識的に考えれば、非常に珍しい精神疾患のため医学界で認知されるまでに時間がかかり、昔は見過ごされて別の症状に診断されたケースが多かったからだろう。

でも、この映画の「真実」を前提とするなら、「替え玉たち」によるインベージョンが勢いを増しているから、と解釈できる。エリス監督は現実のデータをフィクションのストーリーテリングにうまく組み込んでいると思う。

原題“The Brøken”の解釈

まず目を引くのが、母音の「o」に「/」(スラッシュ)を合わせた「ø」。Wikipediaによると、「デンマーク語、ノルウェー語、フェロー語で、ラテン文字に加えて使用される文字」とのこと。また意味としては、数学での空集合、直径、コンピューターの記述でゼロ(アルファベットのオーと区別するため)、などがあるという。この映画においては、ひび割れた鏡(oが鏡で、/がヒビ)、自我の分裂と崩壊、鏡を境に向かい合って存在する2つの世界、などを象徴するものと解釈できる。

では、“The Brøken”とは何だろう。直訳するなら「こわれたもの、割れたもの」で、表面的には映画の中で何度も割れる鏡を指している。ただし、冠詞の「the」には形容詞や過去分詞の前につけて「~の人々」を表す用法もある(「the rich」とか「the young」など)。ということは、The Brøkenは深読みすれば「鏡の向こうからやってくる、壊れた人々」と解釈できそうだ。オリジナルに取って代わった後の「替え玉」が表情に乏しく人間味を欠いているように見えるのも、壊れた存在だからだろう。


以上、長文にお付き合いくださった方々に感謝。もしカプグラ症候群のような精神疾患の話題(妄想に関するもの)に興味がある方なら、ワイアードの翻訳記事で、

「宇宙人に誘拐された体験」を心理学的に分析
「私は監視されている」:監視社会が生む新しい精神疾患

の2本もおすすめです。

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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