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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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3D映画『センター・オブ・ジ・アース』を内覧試写で鑑賞(2)

2008年8月14日

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(1)から続く

3D映画の映像技術と視覚体験

『センター~』は、長編実写映画として初めて、全編にわたってのフルデジタル3D映像を実現した(プレス資料より)。撮影に採用されたのは米Pace Technologies社の『Fusion 3D Camera System』。ジェームズ・キャメロン監督が撮影監督のヴィンス・ペイス氏と共に開発したシステムで、2003年のドキュメンタリー中編『ジェームズ・キャメロンのタイタニックの秘密』(原題『Ghosts of the Abyss』)で初めて実用化された。キャメロン監督も同システムを使って3D実写映画『アバター』を撮影中(公開は2009年の予定)だが、これに先駆けてブレヴィグ監督の『センター~』が今年7月に米国で公開されている。

プレス資料によると、基本的には、両目の間隔と同じ間隔に設定したカメラ2台で撮影し、左右の眼に偏光ガラスのメガネなどを通じて別々の映像を届けることで、現実の世界と同様の3D空間を脳が再現するという原理を用いているという。同システムは従来の3Dカメラより小型化され、手持ち撮影やステディカムによる空撮も可能になった。さらに、3D映像の焦点を変更できる新機能「アクティブ・コンバージェンス」と、高解像度のデジタル撮影により、以前の3D映画よりも人間の視覚に近づいたという。

ただし、ブレヴィグ監督は「3D効果を多用しないように注意したよ。ギミックを使い過ぎると、観客が物語から離れてしまう恐れがあるからね」とも語っている。実際、先に述べたような“飛び出し効果”は強く印象に残るものの、ストーリーを邪魔しないよう適度な量に抑えられていた。

3D映像の全体的な演出はどうだろうか。序盤ではトレバーの自宅や勤務先の研究所など、明るい実景での会話シーンにおいて、台詞に合わせてこまめに切り替わるカットが多く、構図の中で中心となる被写体の立体映像と背景の深度をその都度(自分の視覚が)認識し直すため、やや目まぐるしく、映像に没入できない感じがした。ただし、中盤以降の地底での暗い背景(セットまたはCG)においては、こまかなカット切り替えでもほとんど意識せず楽しめた。この違いには構図と背景の明るさが関係しているのかもしれないし、あるいは単に途中から視覚が慣れたのかもしれない。

とはいえ、広大な背景の奥行き感や、前後方向のダイナミックな動きは、2Dの映像では決してかなわない3D映像ならではの楽しみであり、それが見応えある長編の実写エンターテインメント映画として提示されたことは、映画技術の歴史において重要な達成と言える。

今後はおそらく『センター~』がある意味で3D実写映画の基準となり、3D映像作家たちがこれよりも新しい表現や効果を創り出すべく努力することになるのだろう。


科学的、技術的な“正しさ”は?

『ComingSoon.net』に掲載されたブレヴィグ監督のインタビュー記事に、こんなやり取りがある。

ComingSoon:これが楽しいファミリームービーとして作られたのは分かりますが、信頼性を損なうと指摘されている部分が2ヵ所ほどあります……たとえば、地球の中心で携帯電話がつながったりとか。

ブレヴィグ監督:地底で携帯がつながるところと、[ショーン少年を導く]小鳥が「ノー」と首を振るところは、ちょっとしたジョークのようなつもりで入れた2ヵ所なんだ。どれもほんのわずかに可能性はあるけど、まずあり得ないよね。

ComingSoon:アイスランドではこれまで誰も、地球の中心に行けるかどうかを調べるために坑道を掘ったりしていないですよね?

ブレヴィグ監督:もちろん事実じゃない。すべてはジュール・ヴェルヌの本に基づいていて、彼は地球の中心に行っていない。彼は空想で小説を作り上げ、僕たちはそれを今の時代でもっともらしい話になるよう努力しただけさ。

確かに、火山の真下に廃坑なんてあり得ないだろうと、僕も観たとき思った。けれど念のため検索してみたら、日本の海洋科学技術センターの資料が見つかり、これによると、地熱発電などの目的で実際にアイスランドの火山地帯で数キロメートルの掘削が行われてきたという。もっともドリルで縦穴を掘るだけで、トロッコで走れる軌道のある廃坑とはずいぶん違うけれど。

それ以外で気になったのは、ショーンがアイスランドに向かう機内で、『プレイステーション・ポータブル』(PSP)を使ってワイヤレスでグーグル検索をするところ。ゲーム機には詳しくないのでこれも調べてみたら、確かにPSPはブラウザと無線LAN接続機能を備えていた。機内での無線LAN接続サービスはというと、過去に米Boeing社の『Connexion by Boeing』があったが、2006年末にサービスを終了している。ただしほかにも数社が現在機内Wi-Fiを試験しているので、実際に米国・アイスランド間の国際線で利用できるかどうかはともかく、技術的には可能ということになる。

あとは、登場人物たちがどんなに高いところから落下しても怪我一つない、というのも非科学的ではあるが、血や死体を画面に出さないのと一緒で、これは家族向け娯楽映画のお約束だからよしとしよう。

もっとも、この物語の前提になっている2つの説に比べたら、上で検討してきたことは些末事でしかない。まず1つは、地球空洞説で、予告編でもわかるように、『センター~』での「地球の中心」には、相当な高さの空と広い海がある。原作だとこの空間はまだ旅程の途中で、登場人物たちはさらに下へ降りるルートを探して海を渡ることになる。もう1つ、地底深く降りていっても温度が上昇しないという説も、物語を支える「大きな嘘」だ。原作でも、慎重な青年のアクセルは、「地球の中心に近づくほど温度は上昇する」という当時の科学でもすでに主流となっていた説を主張して、冒険旅行を主導する伯父を何度も思いとどまらせようとする。地球内部の温度は、たとえばこちらのページに示されている推定図によると、地表から300~400キロ、上部マントルに位置するあたりですでにセ氏1000度を超えている。

これら2つの前提を現代科学の常識で否定することは簡単だが、フィクションの嘘に乗っかって冒険を一緒に楽しむ方が粋というもの。鑑賞後に家族や友人同士でツッコミどころを挙げたり、最新の学説ではどう説明されているかを調べてみたりするのも一興だろう。


まとめ

以上、長々と書き連ねてしまったが、何はともあれ3D実写映像の視覚体験はほどよく刺激的でワクワクするし、映像マニアだけでなく家族やカップルも気楽に楽しめる娯楽作品に仕上がっている。公開まであと2ヵ月ほどあるが、原作を未読の方や、子供の頃に読んだきりほとんど内容を覚えいてないという方には、この期間に原作を読んでみることをおすすめしたい。どんな風に翻案され映像化されているのか、想像しながら楽しみに待つのもいいだろう。


『センター・オブ・ジ・アース』(公式サイト)
提供・配給:ギャガ・コミュニケーションズ powered by ヒューマックスシネマ
原題:JOURNEY TO THE CENTER OF THE EARTH
2008年/アメリカ/カラー/ビスタ/ドルビーデジタル・SDDS/92分
日本公開:2008年10月25日

参考:『地底旅行』ジュール・ヴェルヌ作 朝比奈弘治訳 岩波文庫
大口孝之氏『遂にここまで来た! 立体映画は新しいステージへ』(プレス資料の一部)

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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