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第12回 スターリングエンジンの開発現場に潜入! 其の参

応接室の隣にある実験場では、スターリングエンジンの試作機3台が1列に並べられていた。そしてその上部には、排気ガスが通る配管がセットされている(3台並んでいるのは、巨大なものを1台設置するより、より効率的にエネルギーを回収できるためだ)。

1列に並んだ3台の試作機。左から2号機、3号機、1号機の順番。真ん中が一番新しい。

そして配管の中を上からのぞくと、熱を効率よく吸収するため、いそぎんちゃくのようになっているエンジン上部のヒーターが3つ並んでいた。

上から眺めるとこんな感じ。イソギンチャクのようなエンジンの頭頂部が3つ配管上に飛び出ていて、ここから排ガスの熱を吸収する

最新の3号機では、400度の排ガスで540W前後の蓄電が可能だという。さらに同性能のエンジン3台を連動させることで、1.3kWの電力を回収できるところまで実験はきているそうだ。最終目標は、2kWで2日間蓄電し、10kWの電力を10時間接岸時に利用するというものなので、目標達成まであと少しといったところだろうか。現在は、制御回路の関連機器を製作し、船上実験のための最終調整をしている段階だそうだ。

このスターリングエンジン、来年からは、松下グループの工場廃熱を使っての耐久実験も予定されている。工場には多様な廃熱があるので、近い将来スターリングエンジンが利用される可能性も多いにあるという。

ちなみに、世の中における廃熱の温度は、100度から200度程度のものが一番多い。しかし、温度が小さくなると、エネルギー効率が低下するために当然ながら商品化が厳しくなる。現在、400度以上の高温の廃熱ならば、蒸気タービンを回すなどして電力会社が回収しているが、400度以下の廃熱の場合、温水や蒸気ではなく、電気にエネルギー転換する技術の商品化はまだまだこれからだそうだ。赤澤社長は、400度を皮切りに、少しでも低温の廃熱からエネルギーを回収できる商品を開発することがeスターのミッションだと語る。

スターリングエンジンへの熱い思いを語る赤澤輝行eスター社長。

「日本全国の工場すべてにスターリングエンジンをつけるとすると、17万セットの設置が可能です。1セットに500w蓄電できるスターリングエンジンを6台つけるとして14万2千トンのCO2が計算上は年間削減できることになります。潜在的にはそれぐらいの効果が期待できるわけです」

さらに同社は、家庭用コジェネレーションシステム用のスターリングエンジンも(同じく平田先生と協力しつつ)開発中だ。こちらはリニア型と呼ばれるタイプで、商品化できればやはり画期的な対環境効果が期待できるという。

このように、まさに最先端の環境対策技術の開発をおこなっているeスターだが、同社を立ち上げたときの回りの反応は正直厳しかったという。

「eスターは、もともと、松下電器のベンチャー支援プロジェクト『パナソニック・スピンアップ・ファンド』から誕生した会社で、通算20社目のベンチャー企業でした。しかし、年配の方からは『他の企業がずっと開発しても商品化できなかったスターリングエンジンをなぜまたやるのか?』と、何度か言われましたね。しかし、失敗した20年前とは違うやりかたで実用化したいと、強く周囲を説得しまして、私が責任を持つということでベンチャー化したわけです」

しかし、時代はeスター社に味方する。設立からほどなく、環境対策エンジンとして急速にスターリングエンジンが注目を集めるようになったのだ。そして、赤澤社長の熱意は平田先生も動かす。平田先生が、他の企業ではなくeスター社と組んだ理由は、「大きい会社から小さい会社まで、いろいろな会社から連絡はもらうんです。しかし、ベンチャーまで立ち上げて、スターリングエンジンで飯を食おうという会社は赤澤社長のeスターだけだった」から。なんというか、赤澤社長の熱意とロマンこそがスターリングエンジンの商用化を推進させる原動力=エンジンになったのである。

「この市場は、手つかずの状態で非常に大きなポテンシャルを持っているので、我々としても、平田先生の技術をなんとか事業化させたいんです。そのためには、耐久性やコストパフォーマンスをより高めていかなくてはなりません。2010年には、400度以下の廃熱があるところに、ほぼスターリングエンジンがついているようにしたいですね」(赤澤社長)

ヨーロッパでは2007年が「スターリングエンジン元年」となったという声もあがっているそうだ。ここ日本で、スターリングエンジンが「エコの星」になる日も、そう遠くないかもしれない。

今日のエコの芽
エコの原動力は熱意とロマンだった。
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それは現場で起きている。

プロフィール

小林ミノル

スタッフライター。1975年大晦日生まれ。30歳を過ぎ、エコの大切さに遅まきながら気づきはじめる。取材を通して、ニッポン企業の“縁の下の力持ち的”な環境対策を世に広めたいと考えている。