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増井俊之×LogMeIn

ユーザインタフェース研究の第一人者が、全世界利用実績7,000万台以上のリモートアクセスサービスを考察する。

最終回 自宅感の時代

2010年5月24日

(これまでの増井俊之×LogMeInはこちら

コンピュータのユーザインタフェースは手品のようなものだという説がありますが、人間がコンピュータを使うときは「どういう感覚で操作するのか」が重要です。

グラフィカルユーザインタフェース(GUI)の世界では「直接操作感」が大事です。コンピュータの画面の上にデータファイルが置いてあるはずがありませんし、画面上の枠の中で実際にプログラムが動いているわけではないにもかかわらず、画面の上のアイコンを移動させるとデータを移動した気になりますし、表示されているテキストを変化させるとデータを書き換えた気になります。コンピュータ画面上でアイコンを動かしたりテキストを書き換えたりするという行為が机の上でノートを動かしたり文字を書いたりする行為と似ているため、実際にデータを操作しているような気分になっていることになります。

クラウド時代のデータ感覚

コンピュータでデータを扱うときは安心感が重要です。クラウド上の様々な場所にデータを置いておいたり、どこからでもデータにアクセスできるようにすることによってデータを紛失したりデータにアクセスできなくなったりする危険がかなり減るはずですが、こういう工夫で本当に安心感が得られるかどうかは難しいところです。

最近はデータのソースの場所を知ることが難しくなってきています。今見ている映像はストリーミングされているものかもしれませんし、テレビ放送かもしれませんし、DVDを再生しているのかもしれません。ソースがどこにあっても同じ映像を見られれば良いはずですが、目に見える実体をともなわないネット上のサービスを利用する場合、データの所有感を持つことが難しくなります。一方、映画DVDや本などは実体が目に見えるので所有感がありますし、ネット上のどこかにデータを置いておくよりも、CD-ROMやUSBメモリやハードディスクに入れたデータを持っている方が所有感が感じられるものです。

クラウド時代には、ネット上にデータがあろうが自宅のCD-ROMにデータがあろうが全く一緒であるはずですが、ネット上のデータはどうも借り物感があり、実際にデータが入っているモノに対して安心感や所有感を感じてしまうという感覚は当分変化しないような気がします。CD-ROMの内容をネット上に置いておいた場合、そのCD-ROMを実際に持っていることとURLを持っていることは等価なはずですが、本当にデータが入っているCD-ROMやUSBメモリを持っている場合の方がはるかにデータの実感が感じられ、安心感が得られます。このような非合理的な感覚は当分変化しないでしょう。クラウドコンピューティング時代の「安心感」や「所有感」がどうなるかは興味深いところです。

安心感+所有感=自宅感

携帯電話のメールアドレスに対し、パソコンで使っているメールアドレスのことを「自宅のメールアドレス」と表現されることがあります。自宅にメールサーバを設置している人などごく少数でしょうから、これは「自宅のパソコンでよく利用しているメールアドレス」という意味なのでしょう。メール配信の仕組みを知っている人にとっては、これは奇妙な表現ですが、ユーザの感覚としては「自宅のメールアドレス」という表現がしっくりくるのかもしれません。この場合はパソコンで使うメールアドレスに「自宅感」が感じられるということになります。

長旅から帰ってきて自宅が近付いてくるとなんともいえない安心感が感じられるものです。災害が起こったとき自宅に帰る方法について書いた本が一時よく売れていました。外出先より自宅の方が常に安全だとは限らないはずですが、自宅にいるということが安心感と強く結び付いているのでしょう。秘密のデータは自宅だけにしか置いておきたくありませんし、将来的にクラウド上のデータをおおいに活用するような人でも、念のために自宅にバックアップを置いておくことは多いでしょう。ネット上のサービスが一時的に使えなかった時などは、やっぱり自宅にデータを置いておけば良かったと思うものです。メールでもデータでも、自宅感が感じられるものが安心感につながり、所有欲が満たされるという状況はしばらく続くと思われます。

LogMeInのサービスを使って常に自宅のコンピュータにアクセス可能であれば、クラウドコンピューティングの便利さと自宅コンピュータの安心感/所有感を同時に感じることができると思われます。人間のこのような感覚がいつまで続くかはわかりませんが、現在のクラウドやパソコンの状況を考えると、今のところはLogMeInを利用したデータの運用はかなり理想的に近いと思われます。

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LogMeInは、一見「自宅のパソコンデータにアクセスする」という単純なシステムを提供しているように見えますが、将来のクラウドコンピューティング環境を視野にいれながら安心感や所有感を持ちつつデータを管理するのに利用したり、新しいコミュニケーション手段として活用したりできる興味深いサービスです。今回の連載で紹介したような各種の方法をぜひ試してみていただきたいと思います。

LogMeIn
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プロフィール

増井俊之

1959年生まれ。ユーザインタフェース研究。POBox、QuickML、本棚.orgなどのシステムを開発。ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Apple Inc.など勤務を経て現在慶應義塾大学教授。著書に『インターフェイスの街角』などがある。

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