このサイトは、2011年6月まで http://wiredvision.jp/ で公開されていたWIRED VISIONのコンテンツをアーカイブとして公開しているサイトです。

増井俊之の「界面潮流」

「界面」=「インタフェース」。ユーザインタフェース研究の第一人者が、ユビキタス社会やインターフェース技術の動向を読み解く。

第36回 手品とインタフェース

2009年10月14日

(これまでの増井俊之の「界面潮流」はこちら

奇術や手品は人間の錯覚や勘違いを最大限に利用したエンターテインメントです。人間は錯覚や勘違いの固まりですから、突然何かが変化しても気付かなかったり/慣れたものを見逃すことが多かったり/手品の達人は観客の目前でも易々とイリュージョンを見せることができ、観客はそれを見て驚き楽しむことができます。人間の知覚能力や認識能力がたいしたものではないという事実は多くの場合は不利だと思われますが、そのおかげで未熟な技術でも実用的に使えて都合が良いこともあります。テレビや映画は1秒間に30枚以下しか画面を表示していないにもかかわらず、動画がなめらかに動くように見えるのは人間の知覚能力が低いおかげといえるでしょう。

勘違いをしやすいという点は、逆に考えるとイリュージョンを見る能力があるという長所だと考えることもできます。計算機システムの入出力が多少いい加減だとしても、人間のこの「長所」のおかげでそれなりに使えているものは多いでしょう。例えばマウスでカーソルを動かすとき、カーソルの位置は離散的にしか動きませんが、人間の目にはなめらかに動くように見えます。メニューバーをクリックしてプルダウンメニューを表示するとき、メニューのウィンドウをいきなり表示したとしても、メニューバーが拡大してメニューが表示されたように見えるものです。システムがこのようなサボった動きをした場合でも、人間の知覚能力の限界のため、それほど不自然には感じられません。例えば以下のアニメーション画像は右に振れた針の画像と左に振れた針の画像を交互に表示しているだけですが、間が補間されて、針が実際に左右に振れているように見えるでしょう。

メニューに限らず、計算機のGUIは人間の錯覚をうまく利用した手品的な手法を活用しているものだということができます。GUI画面にはプログラムやファイルを表現するアイコンが表示され、あたかもそれらのアイコンが実際の物であるかのように操作できるようになっていますが、「ファイル」の実体も/それを表現する「アイコン」も/その操作方法も/完全なイリュージョンであり、ハードディスク上のビットの並びやその操作とはかけ離れた存在です。GUIをはじめとする計算機のインタフェースは完全に手品的なものであり、ユーザが積極的に騙されることによって、わかったような気になって計算機を利用することができるようになっているというわけです。表示されているアイコンとハードディスク内のデータはどういう関係なのだろう?などといちいち悩んでいたらパソコンで仕事など不可能でしょう。

MacintoshのGUI作成に深くかかわったBruce Tognazzini氏は、ステージマジックとインタフェースには沢山の共通点があるということを指摘しています。彼の持っている奇術の本には、奇術では以下のような要素が重要であると書かれているそうです。

  • 整合性
  • 統一感
  • 単純さ
  • 実世界メタファ
    見慣れたものは知ってると感じるものである。
  • ユーザテスト
    普通の人に見せてテストしろ。普通の人からの意見は間違っているかもしれないが、問題のある場所の指摘は正しい

これらの指摘は、ユーザインタフェースの設計指針とあまりに似ていることに驚いてしまいます。

このような地味な注意が必要であることに加え、ステージマジックでは芸人としての手腕が要求されます。奇術の演者は人間的に魅力がなければなりませんし、話術を交えたりしながら滑らかに/簡潔に技を披露する必要がありますが、このような点もインタフェースの設計と共通しています。Tognazzini氏の設計したインタフェースではこのような「芸人根性」(ショーマンシップ)が充分考慮されているそうです。例えばファイルを消すのに使う「ゴミ箱」は、実世界メタファの応用というだけではなく、ユーザがその存在を可愛いと思うから採用したのだそうです。また、システムに「芸人根性」を発揮させてユーザに働きかけをすることにより、新しいユーザを開拓したり親しみを持たせたりする各種の工夫がなされているそうです。

その他、奇術における以下のような工夫がインタフェース作成でも重要そうです。

  • 心理的効果をうまく使う
    イリュージョンは95%が心理的なもの。トリックが1割以上あればやりすぎ。
  • 観客の気をそらさない
    観客の気をそらすようなものがあると駄目。何か邪魔なものが観客の目につくと手品に関係あるように見えてしまう。
  • 疑惑の払拭
    観客から疑惑が発生する前にそれを払拭するような方法を使うことが重要。たとえばアシスタントを消すマジックの場合、あらかじめ薬を飲ませてアシスタントを硬直させておけば、アシスタントが別の何かと入れ替わっても変だと思われにくい。
  • 本当に起こっていることを隠す
    本当に起こっていることと、起こっているように見えることは全然違う。観客にはそれらしいことだけ見えるようにする。
  • 時間の扱い
    トリックをが開始されたと観客が思ったより前に実は始まっていたり、終わったように見えて終わってなかったり、現在のトリックと次の準備が同時進行していたりする。何かが起こっている雰囲気を出すためにわざと行動を遅くしたりするのも有効。

高度に発達した科学は魔術と区別がつかないと言われていますが、高度に工夫されたインタフェースも魔術と区別がつかないといえるでしょう。手品の手法を駆使し、不思議なほど使いやすいインタフェースを作っていきたいものです。

前の記事

次の記事

増井俊之の「界面潮流」

プロフィール

1959年生まれ。ユーザインタフェース研究。POBox、QuickML、本棚.orgなどのシステムを開発。ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Apple Inc.など勤務を経て現在慶應義塾大学教授。著書に『インターフェイスの街角』などがある。

過去の記事

月間アーカイブ