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木暮祐一の「ケータイ開国論II」

通信事業者のための情報サイト「WirelessWire News」から話題をピックアップし、モバイルサービス業界を展望する。

SIMロック論争の行方は?(4)

2010年4月19日

(これまでの 木暮祐一の「ケータイ開国論II」はこちら

 総務省でSIMロックに関する公開ヒアリングが開催されて以降、SIMロックに関連する話題で主要マスメディアなどから多数のインタビューを求められてきた。連日、テレビ・雑誌・ラジオなどでコメントを続けてきたが、ようやくこうした報道合戦にも醒めてきたようで、私の生活も落ち着きを取り戻しつつある。とはいえ、まだまだコメントしたいことが山ほどあるので、しばらくこの話題で記事を書かせていただく。

 一般のメディアで、「SIMロックが解除されると私たちの生活はどう変わるのか?」と問われることが多いが、これを一言で説明するのはとても難しい。すぐに業界構造が変わっていく訳ではないし、こういうわが国特有の業界構造によって生み出されたガラパゴスケータイを、他の通信事業者で利用しても意味が無いことは明白なので、結論は「当面、とくにメリットが無い」としか言いようが無い。

 しかし、徐々にではあるが、ユーザーがSIMロックの不便さや、そのための対抗サービスを知ることで、わが国の携帯電話サービスの異常さに気が付き始めているようだ。

 たとえば、先月発売開始された日本通信の「b-mobileSIM」は、NTTドコモのMVNOとして、SIMフリー端末やNTTドコモ端末で利用可能なSIMカードのみをプリペイドで販売したものだ。通話はできず通信速度も300kbpsに抑えられるが、データ通信は使い放題で価格は1年(365日)で29,800円である。

 SIMカードだけ購入するというスタイルは、日本ではこれまで定着してこなかったが、この「b-mobileSIM」の利用は密かなブームとなりつつある。というのも、NTTドコモで発売開始されたスマートフォン「Xperia」が大ヒットとなっているが、高額な通信料に辟易しているユーザーも多い。この「b-mobileSIM」はXperiaでも利用可能なので、Xperiaでは「通話はしない」と割り切れば、b-mobileSIMとの組み合わせで安価に通信サービスの利用が可能となる。

 こうした、SIMカードを選ぶというのが、本来の正しい「通信事業者の選択」ではなかろうか。今回は書くのも迷ったのだが、日本の携帯電話サービスの異常な迷走ぶりを少しでも多くの方にご理解いただくために、秘蔵の携帯電話コレクションの1台をお見せしたい。

 以下、ご紹介する端末は、中国で購入したものだ。中国では、正規な携帯電話端末のほか、「山寨機(さんさいき)」と呼ばれる、ノーブランドの携帯電話端末が存在する。

 山寨機は、もちろんオープンに市販されている端末プラットフォームを用いて、オリジナル携帯電話として真面目に製造・販売されているものもある。しかし、どうしても目に付いてしまうのは、NOKIAやSAMSUNGなどの端末に類似した、いわゆる「ニセモノ」端末の販売も横行しているため悪いイメージが付きまとう。

 しかし、ここでご紹介する山寨機は、ニセモノ系ともまた違う「異常さ」をかもし出した端末だ。まずは、写真とキャプションをとくとご覧あれ。

日本製であることを強調して売られていた謎の端末。側面には「Made in Japan」、表面には日本メーカーのロゴと、意味不明なカナ文字が見える。

中に入っていたのは、私もかつて利用していたことのある、auのW33SA IIだ。

まぎれもない、W33SA IIである。「au by KDDI」のロゴ、そしてキーパッドは日本語である。

山寨機といえば、ニセモノというのが定番だが、このW33SA IIはニセモノではなく、紛れも無い本物であった。裏蓋を外したら、電池も本物が。

電池を外して呆然とする。このW33SA IIは、もともとSIMカードには対応していない端末だった。しかし端末の裏側が切り抜かれ、端末心臓部はGSMに置き換えられ、SIMカードスロットとmicroSDカードスロットまで装着されている。

この改造技術にはひたすら脱帽だ。本来、W33SA IIはSDカードスロットがあったが、ここは2枚目のSIMカードが入るスペースに加工されている。横のイヤホンマイク端子部分も、USBコネクタに変更されている。

 なんとも理解しがたいが、つまり日本で市販されていた端末の「外装のみ」を生かした、GSM端末というわけだ。しかもSIMカードスロットが2個あるデュアルSIM端末となっている。日本ではこの端末はワンセグ機能が売りだったが、このアンテナロッドも生かして、現地視聴可能なアナログテレビが搭載されている。そのほか、MP3、MP4再生機能も搭載されている。対応言語は中国語と英語。端末価格だが、日本円換算で約1万円といったところだ。「日本SANYO製」というのがこの端末のウリだったが、当然SANYOは寝耳に水であろう。

 「中国の端末は呆れるほどすごい」と笑い飛ばすために、ここに掲載したのではない。そもそも、この端末がどういう経緯で中国に流出し、改造され販売されたのかという事情を考えていくと、そこに現在のわが国における携帯電話産業の問題点が凝縮しているように感じるのである。

 この端末、決して中古品として中国に流出したわけではなさそうだ。端末そのものは間違いなく新品であった(保護ビニールが付いていた)。では、なぜ新品のW33SA IIが大量に中国に流出したのか? 端末メーカーに協力を仰ぎ、この端末に貼られていた製造番号のシールから情報をたどっていくと、結論として某大手携帯電話販社に卸された端末であることが判明した。

 おそらくこういうことであろう。

 店頭で販売するべく配備された端末だったが、契約台数のノルマを達成させるために販売奨励金を活用して「寝かせ」端末として契約手続きされた。端末そのものは顧客に渡ることなく、そして箱から出されることもなく、その役目を終えた。そして、それがそのまま中国に流れ、現地でGSM化改造され、闇のマーケットに流出した…、そんな流れだろう。それにしても、中国での販売状況を見るとかなりの端末数が流出したようだ。数百台レベルの話ではなさそうだ。下手をしたら数千台規模なのかもしれない。

 こうした「寝かせ」端末を中国に流した販社が悪いとは思わない。むしろ、「契約台数を稼ぐ」ためにそういう「寝かせ」行為をせざるを得なくした販売の仕組みと、新規契約者獲得を重視した通信事業者の施策を問題とすべきだろう。こうなってくると、販売奨励金どころの話ではなく、さらに表に出てこない経費が新規加入者獲得のために注がれていることが容易に想像できる。

 さらにいえば、通信事業者主導で開発を強いられてきた日本の携帯電話端末は、通信事業者側から見れば、加入者を増やすためのツールぐらいにしか捉えていないのではなかろうか。販社も、端末メーカーも気の毒である。

 そして、こうした新規加入者獲得のために使われている「無駄な経費」は最終的に誰が払っているのかを、国民がもっと知るべきだ。通信事業者は、加入者から回収した通信料金で成り立っているわけだから、ユーザーはもっと通信事業者の打ち出す施策に対して厳しい目を向けていくべきなのだろう。特定の企業に限った話ではない。日本の携帯電話業界全体の話である。

 中国で売られていたこうした端末を目にしてしまうと、日本の携帯電話産業のビジネススキーム自体を大きく見直すべき時が来ていると痛切に感じる。その第一歩となるのが、今回議論されるようになったSIMロック解除による「端末販売」と「回線契約」の分離の実現なのだろう。

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プロフィール

1967年東京都生まれ。携帯電話研究家、武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部准教授。多数の携帯電話情報メディアの立ち上げや執筆に関わってきた。ケータイコレクターとしても名高く保有台数は1000台以上。近著に『図解入門業界研究 最新携帯電話業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム)など。HPはこちら

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