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木暮祐一の「ケータイ開国論II」

通信事業者のための情報サイト「WirelessWire News」から話題をピックアップし、モバイルサービス業界を展望する。

SIMロック論争の行方は?(2)

2010年4月 6日

(これまでの 木暮祐一の「ケータイ開国論II」はこちら

 4月2日に総務省で開催された、「SIMロックのあり方に関する公開ヒアリング」を傍聴してきた。

 この公開ヒアリングでは、通信事業者5社(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル、イー・モバイル、日本通信)と、端末メーカーを代表して業界団体である情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)、そして消費者を代表して東京地域婦人団体連盟(東京主婦連)がそれぞれ意見を述べた。

 通信事業者各社は、それぞれの立ち位置によって考え方に相違があることがうかがえた。まず、NTTドコモの場合は、SIMロック解除の賛否よりも、冷静にユーザー視点でのメリット、デメリットの説明に終始した。KDDIも同様で、KDDIは海外の事例なども詳細に資料にまとめていた。一方、ソフトバンクモバイルの場合は、SIMロック解除に反対する姿勢が明確だった。

 SIMロック解除が強制されれば、不利になるのはソフトバンクモバイルであろう。ソフトバンクモバイルで販売した端末は、同じ通信方式、周波数に対応するNTTドコモでも利用できる。当然、端末販売価格はソフトバンクモバイルのほうが寡占率から考えても安価に設定せざるを得ず、下手をすれば安価なソフトバンクモバイルで端末を購入してNTTドコモの回線でそれを利用するといった使われ方も横行しかねない。通信インフラの面で考えれば、その逆はあり得ない。だからこそ、NTTドコモは冷静でいられるのだろう。

 また、KDDIとイー・モバイルは、現状では通信方式や採用している周波数帯域がソフトバンクモバイル、NTTドコモとは異なるので、自社が販売した端末が他の通信事業者のネットワークで使われるという心配も無い。3.9世代で各社LTE方式で足並みを揃えるころになると状況は変わってくるかもしれないが、現時点でSIMロック解除が強制されても、何ら不都合はないのだろう。

 一方、いち早くMVNOで展開してきた日本通信は、既存のビジネスモデルの問題点を鋭く指摘し、ユーザー視点でSIMロック解除後の利便性についても言及しており、各社のプレゼンテーションの中でも、私にとっては最も好印象を受けた。

 日本通信は、現状わが国で市販されている携帯電話はハイエンド(高機能)モデルばかりで、その全ての機能を使っているユーザーがどれほど居るのかという点を指摘。すなわち、カメラやワンセグ、FeliCaなどの各種デバイスが端末には搭載されているが、使われていないデバイスも無いわけではない。むしろこうした「使わないデバイス」の費用を、結局は通信料金に乗せられることでユーザーが負担する結果となる問題を掲げ、「まだまだ日本の携帯電話端末は高い、そして通信料を含めトータルコストは高いまま」とした。

 また、既存の携帯電話端末のSIMロックを解除したところで、他の通信事業者で利用しようと思っても、結局は「通話機能」ぐらいしか利用できない。iモードやEZwebといった通信事業者の独自サービスは基本的に利用不可能となる。

 こうした問題についても、日本通信は「iモードそのものを他のキャリアや端末向けに提供しても良いはず」とコメントした。かつてiモードが海外進出したこともあるが、iモードを1つのアプリケーションプラットフォームとしてNTTドコモ以外の端末、ネットワークで利用できるように工夫することも不可能ではないだろう。こうした日本通信の積極的な発言には、私も大いに賛同するところだ。

 一方、端末メーカーの代表として発言したCIAJの発言は、非常に消極的な印象を受けた。通信事業者の顔を立てるというような発言に終始していた。じつは、携帯電話業界に関わる各プレーヤーにおいては、通信事業者を前にして「本音は言えない」という状況に置かれている。そんな立場による「慎重な言葉の使い分け」をCIAJの発言からも垣間見た。

 こうした各通信事業者等のヒアリングを踏まえ、総務省は原則としてSIMロックを解除するという方向でガイドラインを作成していくということになった。以下は、私が感じたことである。

 KDDIやイー・モバイルにとっては、仮にSIMロック解除が決定したところで、当面は通信方式や割り当て周波数が異なるので、影響はないと考えているのだろう。しかし、決して安泰ではないと考えるべきだ。仮にSIMロックが解除され、さらにその先に端末メーカーが独自の端末開発が可能となり、さらに販路も持つようになったら、不利になるのはKDDIやイー・モバイルだ。

 NTTドコモやソフトバンクモバイルは、世界で市販されているW-CDMA方式の端末の利用が可能だ。しかし通信方式が特有なKDDIや、割当周波数が特殊なイー・モバイルでは、こうした一般的なグローバル端末が利用できない。結局、独自の端末開発が必要となるということは、端末製造コスト面でNTTドコモやソフトバンクモバイルに太刀打ちできなくなる可能性がある。NTTドコモやソフトバンクモバイル向けにはユニークな携帯電話端末が次々と登場していく一方で、KDDIとイー・モバイルは端末の商品力や販売価格で勝負できなくなることも否めない。

 改めて、SIMロックによって築き上げられた現状の携帯電話業界のビジネスモデルにおける問題点を整理しておきたい。

 本来であれば、携帯電話サービスを提供するにも多様なビジネスモデルが考えられるだろうし、前回の記事で説明したように、実際わが国もSIMカード採用前のほうがむしろ「オープン」だったともいえる市場環境があった。

 しかしながら、'90年代後半以降、通信事業者主導の販売スキームにおいて販売奨励金が横行していった結果、通信事業者ブランドの端末で、通信事業者経由の販路を通じての携帯電話販売しか成り立たなくなっていった。これはこれで、端末メーカーにとっては在庫を抱えるリスクはないし、各種販売奨励金によって販売店も安定した収益を獲得できるので、携帯電話ビジネスに関わる各プレーヤーとも安泰なビジネス環境として展開していけたわけである。

 ユーザーにとっても、安価に携帯電話端末を購入でき、しかも世界の中でも最先端といわれてきた携帯電話機能・サービスを利用できたというメリットが生まれ、WIN-WINどころか、WIN-WIN-WINの誰にとっても利点がありそうな、素晴らしいビジネスモデルが形成され、業界が急成長を遂げてきた。

 しかし、携帯電話加入者が頭打ちに近づいてきた現在、こうしたビジネスモデルに限界が見えてきた。2007年秋には総務省の要請により販売奨励金の見直しが実施されたものの、結果的には販売奨励金は残り、相変わらず新規契約の場合のほうが端末価格が安価な価格設定になっている。さらに2007年の販売方法の見直しの際に、通信事業者による利用者の囲い込み施策は一層強固のものとなり、安易に解約すると、ユーザーは高額のペナルティを支払う必要が生じるようになった。

 割賦販売の普及は、結果的にユーザーの買換えサイクルを伸ばし、端末の販売台数に陰りを見せるようになり、端末メーカーも苦戦を強いられるようになった。販売店の淘汰も始まった。2006年のMNP導入では、併売店が有利になるのかといった憶測もあったが、結果的に通信事業者の守りが強まり、携帯電話販売店といえば通信事業者ショップでなければ成り立たないような状況になってきた。

 しかしそうした中でも、通信事業者だけは高収益を死守しているのである。そして、通信事業者同士の加入者獲得競争に、端末メーカーや販売店、そして当事者となるユーザーそのものまでが振り回されているように感じるのである。こうした成熟化した市場になってもまだ、「新規契約者数」という指標が一人歩きしている。各通信事業者が掲げるこの目標を達成するため、そんなに必要なのかと思うほど多くの新機種が1年間に何度も発表され、そして不良在庫を抱えていく。販売店にしても、ノルマとなる契約数を獲得するため、MNPを推奨して必死に端末を売る。MNPを使うと解約時のペナルティが発生するが、これを補填するような販売奨励金も登場している。

 そんなわけで、昨今の携帯電話業界を見ていて感じることは、通信事業者が掲げる新規加入者を獲得すること、さらには通信事業者の収益を上げること自体が「通信事業の最大の目的」になっているのではないかということ。加入者を増やすために必要な要素として「端末」が製造され、また頻繁な買換えを促すために、「様々な機能で端末を装飾」しモデルチェンジさせていく。そんなことをこの10年ほど繰り返してきているように感じるのである。

 ユーザーも、こうした「異様」な携帯電話業界の構造に気がつき始めている。私の周りのユーザーに「欲しい携帯電話はあるか?」と投げかけても、「みんな同じで、欲しいと思う機種は無い」という回答が大半だ。端末を製造するメーカーも、こうした携帯電話開発競争に疑問を抱いているに違いない。ユーザーのニーズと、通信事業者が掲げるニーズが乖離していないか?

 そして、端末メーカーも販売店も、息切れしそうな状況に追い込まれているのではないだろうか。携帯電話業界に関わる誰もが、この「携帯電話業界の迷走」を止めて欲しいと、本音は心の底で考えているのかもしれない。そしてこの迷走を止めるきっかけを求めているのではなかろうか。

 じつは総務省の打ち出してきた施策に、内心「ホッ」としている関係者もいるのではないかと感じてしまうのである。

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プロフィール

1967年東京都生まれ。携帯電話研究家、武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部准教授。多数の携帯電話情報メディアの立ち上げや執筆に関わってきた。ケータイコレクターとしても名高く保有台数は1000台以上。近著に『図解入門業界研究 最新携帯電話業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム)など。HPはこちら

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