SIMロック論争の行方は?
2010年4月 1日
WIERD VISIONにて、2008年末まで連載させていただいた「ケータイ開国論」をリニューアルし、このほど「ケータイ開国論II」として再び筆を執らせていただくことになった。通信事業者のための情報サイト「WirelessWire News」から話題をピックアップし、わが国のモバイルが今後どのような方向に進むべきなのか、業界に関する論評なども参照しながら、更なる活性化に向け筆者なりの考えを論じて行きたいと考えている。週刊掲載を目指して執筆していく予定であるので、ぜひともご愛読いただき、またご意見などいただけたら幸いである。
さて、第1回となる最初の話題は「SIMロック論争」について。
2007年に総務省が開催した「モバイルビジネス研究会」では、携帯電話サービスのオープン化を目指し、販売奨励金の見直しをはじめとして、各種提言を取りまとめ、通信事業者に要請を行った。その中には、2010年を目途にSIMロック原則解除に向けた検討を行うといった内容も盛り込まれていた。そしていよいよその結論を導き出す時がやってきたのだ。総務省は、4月2日にSIMロックのあり方について公開ヒアリングを開催することになり、これをきっかけとしてこの数日、ネット上でSIMロックの賛否に関する激しい議論が展開されている。
SIMロックが何なのか、その背景などはソフトバンクモバイル副社長の松本徹三氏が寄稿された「携帯電話におけるSIMロック論争」というコラムが大変参考になる。
本稿では、この松本氏のコラムについて感じたことも踏まえ、私のほうから「メーカーブランド端末」についてもう少し掘り下げさせていただきたい。
世界では、携帯電話といえばどちらかというとメーカーブランドが主流だ。もちろん、わが国と同じようにSIMロックを掛け、通信事業者自ら販売する端末も無い訳ではない。しかし、こういったケースでも、NOKIAやSAMSUNGといったメーカーブランド端末をベースに、通信事業者のロゴが印字され、必要な場合にSIMロックをかけて販売されるというケースが大半で、わが国のように通信事業者が端末メーカーにオリジナルモデルを開発させるというスタンスではない。
わが国では現在、見渡す限り通信事業者ブランドの携帯電話端末ばかりとなった。しかし最初から通信事業者ブランドばかりだったのかというと、そういう訳ではない。松本氏も触れているように、じつは日本でもメーカーブランド端末はかつて多数存在していた。
わが国では1994年から端末売り切りが始まったが、この時に多数の端末メーカーが新たに携帯電話市場に参入した。これら各社は、通信事業者向けに端末を納入する以外にも、独自のメーカーブランドで端末を販売していた。それらは通信事業者向けの端末と基本形状・機能は同じながら、メーカーブランドでメーカー独自の販売ルートによって販売されていた。
これらメーカーブランド端末は、回線入りで販売されるケースのほか白ロムとしても売られ、それをユーザーが通信事業者窓口に持ち込んで契約するようなケースもあった。このため、技術基準適合証明設備を示す「証明書」も端末に同梱されていた(写真)。また当時の通信事業者の加入申込書にも、「技術基準適合証明を受けている端末は持ち込みを含め接続を行う」旨の明確な記述があったと記憶している。
じつは、通信事業者ブランドの端末も、一旦解約し白ロムにしてしまえば、メーカーブランド端末と同様な扱いになる。白ロムを通信事業者窓口に持ち込んで再度新規契約することもできたし、さらには他の通信事業者に持ち込んで契約することも不可能ではなかった。これがすなわち「技術基準適合証明を受けている端末は持ち込みを含め接続を行う」ということなのである。私自身、'90年代はもっぱらソニー製端末のファンであったので、よくツーカー向けのソニー製モデルをNTTドコモに持ち込み契約し(1.5GHzサービス)利用していた。
じつはSIMカードが無かった時代の方が、現代よりもよほどオープンなサービス環境だったといえないだろうか。当時は通信事業者ブランドであろうが、メーカーブランドであろうが、好みの端末と回線を(対応周波数などによる制約は存在したが)自由に選べたのである。
こうした「好みの端末と回線を自由に選ぶ」ことが、いつのまにか「悪」とされるようになってきた。それは販売奨励金が上積みされるようになった1997年頃からである。この頃から、携帯電話といえばタダ同然の価格まで値下がりして行った。通信事業者ブランドの端末を比較的短期で解約することは、携帯電話業界においてはまるで「悪」のレッテルを貼られるような扱いになってきた。
まあ、これは販売奨励金の原理を知っていれば十分に理解できるが、当時の一般のユーザーは、どうして携帯電話がゼロ円で販売できるのか知る由も無かったであろう。
こうした販売奨励金は、メーカーブランド端末を衰退させるきっかけともなって行った。メーカーブランド端末は当然、販売奨励金の対象にはならない。結果として同じ形状、同じ機能の端末ながら、メーカーブランドは5万円前後、通信事業者ブランドはほぼゼロ円。こうなるとユーザーはメーカーブランドに見向きもしなくなるのは当然である。
さらにこの時期、ドコモショップなどの通信事業者専売ショップが急速に増えて行った。通信事業者ブランドの端末は、端末の不具合対応などの保守を、こうした通信事業者専売ショップで対応してもらえたが、メーカーブランド端末は各メーカーの窓口でしか保守を受けられず、こうした不利な点もあってメーカーブランドは衰退して行った。
松本氏はコラムの中で、メーカーブランドの衰退についての理由を以下のように説明している。
「現実に、当初は、日本でもメーカーブランドの端末機が家電量販店などで売られたこともあるのですが、通信事業者ブランドの方がユーザーにとって色々な面で魅力があったということで、すぐに姿を消してしまいました。」
しかしながら、当時からユーザー側の立場である私の考え方を述べさせていただけば、通信事業者ブランドのほうが「魅力があった」とかそういう理由ではなく、「通信事業者の施策によってメーカーブランドを買う意味を失わせて行った」としか思えないのである。
そしてメーカーブランド端末にトドメを刺したのが、ショートメールやiモードなどの通信事業者独自サービスの登場だろう。確かに、こうしたネットワークを活用する各種データ系サービスは通信事業者主導でサービスが構築されて行ったからこそ、いち早く普及を遂げ、便利なサービスを享受できるようになった。これは大いに評価したいところだが、わが国でメーカーブランドの参入を徹底的に妨げることになったのも、通信事業者の独自サービスといえるだろう。
iモード登場以降すでに11年、こうしたネットワークと紐づいたサービスは大変便利であったが、市場の成熟化に加え、ユーザーも成熟化して来たのも事実。今や、こうした通信事業者がお膳立てしたサービスばかりではなく、好みの端末、好みの機能・サービス、そして回線を自由に組み合わせたいというニーズが出て来て当然であろう。
通信事業者側の立場からは「ネットワークと端末、回線契約は切り離せないもの」という声も聞こえてくる。確かにiモード等のコンテンツサービスは切り離すのが難しいかもしれないが、実際には通信事業者の独自サービスに依存しないiPhoneがわが国に登場し、そして実際に成功を収めてしまった。iPhoneではYahoo!ケータイは使えないし、おサイフケータイやワンセグも内蔵されていない。しかし、使っているユーザーはそこに不都合は感じていないはずである。むしろiPhoneを利用することで、かつての携帯電話には無かった利便性を感じているはずだ。
通信事業者がパッケージとして提供する端末・サービスも、確かに分かりやすくて便利だろう。それを求めるユーザーがいるのも当然である。ぜひとも通信事業者には、ユーザーが「自由に選べる」という環境を提供してもらいたいものだ。そしてこれは端末やサービスだけでなく、SIMロックに関しても同様だ。どうか「SIMロックが当然」としてユーザーに押し付けるのではなく、ユーザーが選べるという環境を提供してほしいものだ。
総務省による「SIMロックのあり方に関する公開ヒアリング」を受けて、引き続きSIMロックに関する議論を整理して行きたいと考えている。
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木暮祐一の「ケータイ開国論II」
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