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木暮祐一の「ケータイ開国論」

ケータイの最新情報を押さえながら、今後日本のモバイルサービスが目指すべき方向を考える。

携帯販売不振は、本当に「官製不況」なのか?

2008年8月19日

(これまでの 木暮祐一の「ケータイ開国論」はこちら

 すでに先々週の話題だが、フジサンケイビジネスアイが8月7日に掲載した記事が業界内で尾を引いているようだ。

“官製不況”で携帯販売激減 4番目の「K」業界悲鳴

 とくに役所を持ち上げる気はないが、この記事でさらりと流せるほどケータイ業界の事情は簡単ではない。ケータイ端末販売が落ち込んでいるのは事実だが、1994年のお買い上げ制度導入以降ケータイは大衆商品化し、わずか10年足らずで1人1台に迫る勢いで普及を遂げてきた。この10数年は、いわば右肩上がりで成長を遂げてきた業界であることは間違いない。

 しかしながら、すでに小中学生さえケータイを所持するほどに普及した現在、もはや新規加入者が頭打ち状態となっているのは誰の目からみてもわかること。急成長期のケータイ端末販売台数に比べ出荷数が減るのは当然のことである。この点は何も、役所の規制によって販売が鈍化したこととは関係ないだろう。

 問題は、買い替えの長期化だ。その要因として、昨年11月以降導入されたケータイの新しい販売の仕組みが問題視されているのは事実だ。

 これまでケータイの販売価格は不透明だった。通信キャリアから販売店に対し販売奨励金が支払われ、これが相殺されケータイ端末を激安で購入できた。新規契約なら0円の値札が付く光景も珍しくなかった。確かに安く購入できることに越したことはないが、実態はその端末代金が電話料金に上乗せされていたわけである。結局のところ、端末代金は毎月支払う電話料金と共にユーザーが負担していたというカラクリがあった。

 昨年、総務省が介入し販売の見直しを指導したのは、この不透明な販売の仕組みを改めることにあった。役所の規制というよりも、通信キャリアによる制約を解いて、モバイルビジネスのさらなる活性化を目指すところに大きな目的があった。それらの背景や目指すべきところは、この連載でたびたび綴ってきたのでバックナンバーをご覧いただけたら幸いである。

 この新しい販売の仕組みが定着すれば、端末価格こそ高くはなるが、その分電話料金も引き下げられ、ユーザーにとってはトータルでは損得は無いはずだった。ところが端末価格の高騰による販売の鈍化を懸念して、通信キャリアは割賦販売を導入してきた。もともとソフトバンクモバイルは一昨年から割賦販売の仕組みを導入していたが、これに続いてNTTドコモ、KDDIまでもが割賦販売を取り入れた。割賦販売では、2年の利用を推奨するような価格設定となっており、これにより買い替え需要も冷え込んでいくことは容易に想像できよう。

 端末価格が高くなった一方で、電話料金がどれだけ下がったかというと、疑問は多い。これまで問題視されていた「販売奨励金」はというと、一般的にはまるで販売店が利益を上げるものと思われがちだったが決してそうではなかった。実際には販売店は販売奨励金分を端末価格から値引いて売っていたわけで、したがって販売奨励金に該当する金額分をユーザー自身が恩恵を受けていたのである。販売奨励金が減り、端末価格が高騰し、電話料金はあまり下がらず(割賦代金を上乗せしたら従前の電話料金とさほど変わらない)、結局のところユーザーが一番損をしていることになる。

 こうしてみると、確かに「役所の指導が原因」と報道したくなるマスコミの気持もよくわかる。しかし、もともと総務省が描いていたイメージはこうではなかったはずだ。本来であれば、販売奨励金に左右されず、メーカーが創意工夫した端末が自由に流通できる環境を整えることや、MVNOと言われるインフラを既存キャリアから借り受けて通信事業を行う事業者が参入しやすい環境を整えるため通信卸料金を明確にするために総務省が働きかけていたはずだ。これを通信キャリアは逆手にとり、自らの利益の守りに入ってきた。さらに通信キャリアと共に共存を強いられてきた端末メーカー、携帯販売業界も、通信キャリアに逆らうわけにもいかず泣く泣く同調しているように感じるのは私だけであろうか。端末販売の落ち込みは顕著であり、端末メーカーや携帯販売業界にとっては笑いごとではない状況に陥りかけているのは事実。その一方で、通信キャリアだけはいまだに儲かっている(株主の手前、営利企業として儲けていくことは当然なのだが、それにしても儲けすぎではなかろうか)という現状を、どうか多くの読者の皆様に理解いただきたい。

 NTTドコモの第1四半期決算では「減収増益」が話題になった。その内訳をよく見てほしい。電話料金引き下げ関連でARPUは昨年同期より963億円減収となった一方で、販売奨励金見直しによる代理店手数料の減により1,840億円の増収、トータルで昨年同期比で+45.4%(926億円)の増収となっているそうだ

ドコモの2009年3月期第1四半期決算、減収増益に

 昨年11月以降、端末価格は高騰し、電話料金もたいして安くならず、ユーザーは確実に損をしている。そして端末メーカーも、携帯電話販売業界も悲鳴を上げている。その一方で、通信キャリアだけはいまだ増収が続いているのである。怒りの矛先を向けるべきところは総務省ではなく、むしろ通信キャリアであるべきではなかろうか。

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プロフィール

1967年東京都生まれ。携帯電話研究家、武蔵野学院大学客員教授。多数の携帯電話情報メディアの立ち上げや執筆に関わってきた。ケータイコレクターとしても名高く保有台数は1000台以上。近著に『Mobile2.0』(共著)、『電話代、払いすぎていませんか?』など。HPはこちら

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