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木暮祐一の「ケータイ開国論」

ケータイの最新情報を押さえながら、今後日本のモバイルサービスが目指すべき方向を考える。

ケータイの医療分野への応用

2007年10月15日

(これまでの 木暮祐一の「ケータイ開国論」はこちら

ケータイが多機能化し、もはや「いつでも、どこでも、何でもできます」といわんばかりのキャッチフレーズが巷に踊っているのだが、それでもまだ“ケータイ応用”が進まないニッチな分野もある。たとえば医療(健康や福祉も含め)分野がそれだ。

日本のケータイサービスは、世界の中でも突出して通信事業者が優位な形の垂直統合モデルであるという話をたびたび展開してきた。もちろん、そのおかげで世界一(?)便利な各種サービスを享受しているのは認めるのだが、一方で通信事業者にとってうまみを感じないジャンルへは、なかなかケータイの応用が実現されないように思う。

医療といっても非常に広いジャンルなのだが、たとえば在宅医療(在宅看護・介護なども)にもっとケータイが応用されたら、在宅の患者と病院・医院との間で、もっと手厚いコミュニケーションが取れそうなものだ。在宅側でケータイを活用すれば、リアルタイムな患者データをケータイを通じて病院・医院へ蓄積することが可能だろう。せっかくテレビ電話機能も標準化されようとしているのだから、PCを介したビデオ会議システムを患者宅まで持ち込む必要もなくなる。

あるいは、緊急時にケータイを通じて各種生体データなどが即時に見られるとしたら、救われる患者の数はもっと増えそうである。救急搬送時に患者がたらいまわしになる事情がたびたび報道されたが、病院間とさらに専門医を結ぶネットワークを強化し、緊急時の情報伝達が確実に医師に届くようなシステムがもっと根付けば、救われる人は増えるはずである。

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CEATEC JAPAN 2007 では、NTTドコモが参考出品として「ウェルネス携帯電話試作機(三菱電機製)」を展示していた

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このように握れば体脂肪を測定できる。そのほか脈拍、歩数、口臭なども測定する機能を備え、これらのデータを管理できる

じつは、私は今やケータイ関連の執筆やコンサルティングが主業務になってしまったが、もともとのバックグラウンドは医療・保健分野だった。大学では保健学を学び、学部では生理学、生化学などのアプローチ手法により難病の研究などに携わっていた。ようするに白衣を着て、試験管を振っていたクチである。また、最初に8年半ほど勤めていた出版社では健康情報誌を制作したり、後半は介護保険の成立などを追っかけていた(その傍ら、夜中は趣味の一環としてケータイ関連記事を執筆していたが・笑)。

こういったバックグラウンドがあったためか、ケータイが発展、普及するにつれ、ケータイを医療分野に応用させ、世の中の役に立つ使い方を提案したいと考えるようになった。医療・介護の現場を知っていて、さらにモバイルの可能性にも明るいという研究者はそうそう居ないだろうから、ここを私が担っていくべきだと考えたのだ。

たまたまチャンスは訪れ、私は2004年春に徳島大学大学院に入学し、ここで「ケータイを用いた生体情報モニタリングシステム」の研究に従事するようになった。ここで考えたシステムは、病院内に居る患者の各種生体情報(心電図や脳波など、ベッドサイドモニタから送出される各種情報)を、院外に居ながらケータイを用いてリアルタイムに閲覧できるシステムである。こういう需要がどれほどあるかは別として、ケータイと医用機器を結びつけ、遠隔でモニタリングできるものを作りたかった。仕組み自体はそれほど難しくはない。医用機器から出てくる各種信号をネットワークに載せ、これにケータイでアクセスすればいい。専用のシステムおよびアプリケーションを開発するのもそれほどの工数を要するわけではない。

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徳島大学で試作を繰り返していた生体情報モニタリングシステムの端末側アプリケーション。アプリを起動すれば、院内の患者(ここでは研究室に設置した医療機器がサンプルデータを発している)の心電図等をいつでも閲覧可能。力不足で、まだ商品化はされていない。マルチキャリア対応はjig.jp社の協力を得てjigletを活用して実現させた

ではこのシステムを完成させるのに何が一番ネックだったかというと…、キャリアごとのアプリケーション仕様の違いである。

特定の機種だけで動作するシステムを作るのは簡単だ。しかし、そんなシステム・サービスでは、売り物にならない。本気で世の中に「役立つサービス」を生み出そうとするなら、すべての通信事業者に対応し、主要なケータイ端末のほとんどで動作してくれなくては困る。ところが、なるべく多くの端末上で動作させようとすると、むしろこのキャリア、機種依存への対応のほうに開発の精力を注がなくてはならなくなる。こういう問題点があって、結局日本のモバイルサービス上では、通信事業者、もしくはコンテンツプロバイダが儲かるようなビジネスモデルだけが提供されるばかりになる。上記で紹介したNTTドコモの「ウェルネス携帯電話」も、どこまで本気でやろうとしているのか不明である。

「社会的に重要である」と言ったところで、通信事業者は全く動いてはくれない。あるいは、そういったサービスを真っ先に提供できることで「独占」できると見れば、積極的に動いてくれるケースも少なからずあるが、この場合は「他の通信事業者向けは提供しないこと」が条件になったりする。モバイルのサービス開発は、非常にドロドロした世界なのである。ちなみに「儲からないけれども社会的に重要である」と思われるサービスで、すべての通信事業者が合意の上実現したものは、せいぜい「災害伝言ダイヤル」ぐらいではなかろうか。

現在のような通信事業者主導の鎖国的ケータイサービスが続く限り、こういった「社会的に意義のあるケータイの使い方」の登場は期待が薄い。総務省がu-Japan構想を打ち出して久しいが、u-Japan構想に描かれる「ユビキタスネットワーク社会」のイメージ図には、医療や福祉などの分野でユビキタス端末が活躍する様子も描かれている。しかし、オープンなプラットフォーム環境が無くして、ユビキタスネットワーク社会の夢物語を実現させるのは難しいだろう。こういう視点からも、ケータイサービスのオープン化、とくにコンテンツやアプリケーションなどのプラットフォームのオープン化を希望する声は多い。総務省の「モバイルビジネス活性化プラン」では、「モバイルビジネスの活性化に向けた市場環境整備の推進」も施策として打ち出され、今後プラットフォームのオープン化を視野に入れた検討を始めていくという。数年後には、ケータイを用いた応用サービスの構築が、もっと簡単なものになっていくことに大いに期待したいものだ。

ところで、通信技術等を用いた健康増進、医療、介護に資する行為を「遠隔医療」という。そして遠隔医療分野の研究者が集まり、一昨年「日本遠隔医療学会」という学会が発足した。この学会では、ケータイ等をインフラとして医療・介護分野に役立てようとする研究も多数見受けられるようになった。同じ方向性を持った研究者と集えるのはこの上ない幸せである。とはいえ、まだまだ日本でケータイの医療分野への応用に取り組む研究者は少ない。もっと盛り上がりが欲しいところだ。

ちなみに、この日本遠隔医療学会の学術大会が、来る10月19日、20日に岡山市の岡山コンベンションセンター(岡山駅に直結)にて開催される。私も毎年、何らかのテーマで研究発表をしてきたが、今年は残念ながらネタがない。その代わりに、「特別展示企画」として私のケータイ端末コレクション展示(自動車電話から遠隔医療のインフラとなる最新のモデルまで主要なもの50台程度)をすることになったので、お近くにお住まいの読者の方は、ぜひ大会会場に足を運んでいただければ幸いである。私も2日間とも会場に居る予定だ。学会参加は有料になってしまうが、20日午後の市民公開講座(五輪女子マラソンメダリストの有森裕子さんの基調講演などもある)からは無料で入場できる。

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プロフィール

1967年東京都生まれ。携帯電話研究家、武蔵野学院大学客員教授。多数の携帯電話情報メディアの立ち上げや執筆に関わってきた。ケータイコレクターとしても名高く保有台数は1000台以上。近著に『Mobile2.0』(共著)、『電話代、払いすぎていませんか?』など。HPはこちら

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