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木暮祐一の「ケータイ開国論」

ケータイの最新情報を押さえながら、今後日本のモバイルサービスが目指すべき方向を考える。

MVNOって御存知?

2007年10月 3日

最近よく登場する「MVNO」(Mobile Virtual Network Operator)ってキーワードを御存知だろうか? 日本語に直訳すれば仮想携帯通信事業者とでもなるのだろうか。ようするに、基地局などの通信設備は自前では持たず、通信設備を持つ既存事業者(こちらはMNOという、すなわちNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルなどを指す)から借りて、独自のケータイサービスを展開する通信事業者ということになる。

携帯電話事業を展開するには、免許を取得し、周波数の割り当てを受け、そして基地局などの通信設備を設置してはじめて営業の運びとなる。たとえば基地局1局建設するのに数千万円かかるといわれている。全国でケータイサービスを展開するには、この基地局だけでも4万局以上必要となる。つまりケータイサービスを開始するまでに莫大な費用と手間、時間がかかるわけだ。ソフトバンクなどは新規参入事業者として周波数割り当てまで受けたのに、結局ボーダフォン日本法人を1兆7,500億円で買収してソフトバンクモバイルをスタートさせた。じつはこれが安いと言えるほど、携帯電話事業を一から始めるのは大変なことらしい。

とはいえ、もっと手軽に独自の携帯電話事業を展開したいと考える企業も少なからずいるだろう。そこで、このMVNOという手段で、通信設備を既存事業者から借りて自前のサービスを展開することを考えるのだ。

The Lobster has landed
CreativeCommons Attribution License, Dan Taylor

海外では、すでに多数のMVNOがサービス提供している。たとえば英国を拠点として世界7カ国で携帯事業を展開するVirgin Mobile は、じつはMVNOとして通信設備を諸国の通信事業者から借り受け、独自ブランドのサービスを展開している。Virginは音楽関連産業から始まり、航空事業やメディア事業など、さまざまな事業を世界で展開しているが、そのブランド力を活かし流行に敏感な若者層を取り込んで携帯電話事業も成功させている。音楽・動画配信、テレビ視聴機能付きの端末などを積極的に導入し、グループ内の豊富なコンテンツなども活用して、ユーザーから好評を得ているという。また何よりも、ケータイを購入、契約するにあたってシンプルで明快なパッケージが評判だという(ユーザーに分かりづらくさせる一方の日本のケータイ事業者とは対照的)。ちなみに英国のVirgin mobileは加入数約100万人(英国の総人口は約6,000万人)だそうである。これで十分にビジネスになっているという。

同様に、フランスにはNRJ mobile というMVNOがある。NRJ(エネルジー、というような発音するらしいのだが、つまりエネルギーと掛けているようだ)は、フランスのラジオ局である。このラジオ局がベースとなって、3GサービスのMVNOを発足させた。ラジオ局が作ったケータイサービスというところからも想像できるとおり、ターゲットはVirgin同様に若者層を狙い、音楽中心のサービスを展開し好評を博しているという。加入者数は約30万人(昨年関係者とお会いしたときに伺った数値なので、もっと増えているだろう。参考までにフランスの総人口は約6,000万人)、目標は100万加入だそうである。ちなみに加入者30万人の時点ですでに黒字化は達成しているそうだ。

このほか、香港などでは「安さ」を売りにした多数のMVNOが乱立しているほか、各国でMVNOが産声を上げているところである。

フランスのNRJ mobileのように、数十万人規模の加入者でも事業が成り立つなら、わが国でもぜひやってみたいと手を上げる企業も少なくはないだろう。日本でもMVNOによる通信事業参入の可能性が言われだしてから、こんな業種が参入したら面白いのではないか、というアイデアがあちこちで聞かれるようになった。

たとえば、大規模スーパーチェーンがMVNOをやったら…。主婦層を格安ケータイで囲い込み、おサイフケータイで決済してもらってポイントを貯め、特売情報はロケーションや時間に応じた最適なメールが流れてくる、そんなサービスが想定される。あるいは自動車メーカーがMVNOをやったら…、もうこれは読者の皆さんの想像にお任せしよう。こういった、さまざまなケータイサービスが生まれてくれば、サービス競争にもますます拍車がかかり、料金面、サービス面とも一層充実し、ユーザーにとってメリットは多いものと思われる。

こういった夢話はいくらでも膨らみそうなものだが、ところがこれまで、わが国ではほぼ実現不可能といわれていた。というのは、まず通信設備を提供すべきMNO(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル)側が積極的でなかったこと。MVNOをやりたいと相談を持ちかけても、散々たらいまわしにされ、しかるべき部署にようやくたどり着いても、想像をはるかに超えた条件や見積もりが出てくるのだそうだ。(MVNOは、結局はMNOの増収にもなるはずなのに…)

先週はケータイの基本使用料について、インフラ利用料と端末代金部分について明確に分けるべきという話をさせていただいた。これは単に既存のケータイ契約者の電話代の明細が明確になることのほかに、じつはMVNOに対して、より正確な回線卸料金を明示するためにも必要なのである。おそらく、これまでMVNOとして手を挙げ、既存のMNOと交渉してきた各企業は、現状の基本使用料をベースにした(つまり本来回線の卸では不要であるはずの端末代上乗せ分も含めた金額)卸使用料が提示されていたに違いない。仮にそんな現行の基本使用料をベースにした卸使用料で通信設備を借りたとしたら、どう考えても商売が成り立たない。MVNOがサービス展開する際にはMVNOが端末を調達する必要があるが、となるとMNO水準の電話代でケータイサービスを展開することがどう考えても不可能になってしまう。ようするに現状のケータイの電話料金(基本使用料)は、MVNOの参入障壁にもなっているのである。総務省研究会が求めてきた電話料金の明確化の背景には、じつはこういった理由もあったのだ。

総務省はモバイルビジネス研究会の最終報告書を受けて、9月21日に「モバイルビジネス活性化プラン」を公表した。一般の報道ではどうしても、販売奨励金の見直しとそれに伴う端末価格の高騰ばかりに目が行ってしまいがちだが、その背景にはMVNOを筆頭に、さまざまなモバイル関連ビジネスの障壁を拭い去ろうという目的が盛り込まれているのである。ちなみに、総務省は同日、MVNO参入希望者等からの照会等に一元的に対応するため、「MVNO支援相談センター」を開設、という報道発表も行っている。いよいよわが国にも本格的なMVNOが芽生えてくることを期待したいものだ。

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プロフィール

1967年東京都生まれ。携帯電話研究家、武蔵野学院大学客員教授。多数の携帯電話情報メディアの立ち上げや執筆に関わってきた。ケータイコレクターとしても名高く保有台数は1000台以上。近著に『Mobile2.0』(共著)、『電話代、払いすぎていませんか?』など。HPはこちら

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