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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

温暖化の次のブームは「生物多様性」か? 〜 窮屈な社会ができなければいいが…

2008年9月 4日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

生物多様性問題とは何か?

「生物多様性」問題が、今後、大きな関心を集めそうです。

地球上には150万種の生物の種が確認されており、総計では1500万種以上がいる可能性があるようです。この数が急速に減っています。

IUCN(国際自然保護連合)のリポート(注)によれば、2006年の段階で調査をした4万種のうち、1万6000種が絶滅の危機にあり、哺乳類の5分の1、鳥の9分の1、両生類の3分の1に上るそうです。

この絶滅には、人間の乱獲や汚染に加えて、地球温暖化が影響しているとされます。植物や小型生物は生息域を大きく変えられません。平均気温、また水温が2度上昇すれば、その地域の生態系は一変します。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、気温の上昇で世界30〜50%の生物種が消滅する危険という警告を発しています。これは過去に地球上で起こった気候変動での絶滅よりも大きな割合になるとされます。生物多様性の保護と温暖化の防止は、重なりあった問題です。

豊かな生態系は人間に多くのメリットを提供します。例えば、森林は木材や食糧から今の医学やバイオ産業に必要な細菌や遺伝子まで、多様な生物資源を供給します。また森林は気候や水の循環を保全する調整機能を持ちます。そして自然はその鑑賞による審美的価値や、また健康や精神の安定を人間にもたらすなど、人間の心と密接にかかわります。

日本の村落はかつて「鎮守の森」や「里山」を持ち、それを利用することで日本人は伝統文化を作り上げてきました。国連のリポートでは毎年280億ユーロ(約5兆円)相当の森林による生態系サービスが、20世紀後半に世界で毎年失われたとの試算もあります。

世界で始まった議論の盛り上がり

生物多様性の危機に、世界は何もしなかったわけではありません。1992年の「環境と開発に関する国連首脳会議」(リオサミット)で、持続可能な生態系の利用を宣言した「生物多様性条約」が結ばれました。日本では生物多様性基本法が2008年5月に可決されました。ここでは生態系を保護し、持続可能な経済活動を行うことが決められています。それを受けて企業向けガイドラインが今、環境省で作られています。

環境問題を「流行」で捉えるのはよくないことかもしれませんが、数年以内に「生物多様性」は日本でブームとなる可能性があります。私は温暖化問題をめぐる世界の議論の流れを7〜8年観察しています。ヨーロッパで議論が登場して1〜2年後に、日本でその問題が関心を集める傾向がありました。ヨーロッパのメディアの報道を読むと、今は温暖化と関連付けて「生物多様性」が議論されるようになりました。

そして2010年に生物多様性条約第10回締約国会議(CBRD・COP10)が名古屋で開催されます。ここでは生態系保護に関する経済活動でのガイドラインが議論される見込みです。さらに同年には住環境をテーマにした「上海万博」が開催されます。こうしたアジアでのイベントも生物多様性への関心を高めそうです。

07年には気候の変化で、飢えに苦しむシロクマの報道が、世界で関心を集めました。「命を救え」という呼びかけは、人の心の琴線に触れる問題です。政治家、メディアや企業の関心を集めやすい問題でしょう。

お金で解決できない問題

「コストと効果を考えた温暖化・環境対策を行うべきだ」と、私はこのコラムで主張してきました。お金やビジネスの力を利用しなければ、その対策は長く続くものとはなりません。温暖化ではようやく、コストと効果の議論が始まろうとしています。しかし、未来に起こりうる被害の金額と、今負担をするコストについて、客観的な指標を作り出すことは難しい状況ですし、合意もなかなかまとまりません。

生物多様性の問題は「命をどのように扱うか」という難しい問題です。生物の命は「お金」という尺度では、解決できません。温暖化よりも、その合意づくりはさらに難しいのです。なぜならば、生態系は一度壊れると復元できません。そして生物はもともと生きていた場所で価値を持つものです。「ニッポニア・ニッポン」という印象的な学術名を持つ鳥の「トキ」は日本では絶滅しました。そして今、中国産のトキを新潟県で繁殖させていますが、この方法で生まれたトキは「日本のトキ」とは言えないでしょう。

こうして考えると、生物多様性の問題については誰もが満足できる客観的な基準を作ることは不可能に思えてきます。

あるCSR(企業の社会的貢献)で有名な大企業の事情を取材しました。そこの優秀なスタッフは、CSRをめぐる分厚い社内対応マニュアルを作り、生物多様性でも社内の部門ごとに消費者への説明と、それに貢献する商品の開発を求めていました。

私はその企業のまじめさに感心すると同時に、CSRの責任者に、皮肉からではなくて、こんな質問をしました。

「『維摩経』という聖徳太子が好んで読んだ経典には『山川草木病めば、我もまた病む』というお釈迦さまの言葉が書いてあるそうです。仏の無限の慈悲を記したものですが、今後の企業経営では『仏さまレベル』の清らかな心がなければ、活動できなくなりますね。全ての生命のことまで考えなければならないなんて」。すると、同社のCSRの責任者は苦笑しながら、「私たちもどこまで環境問題で社会から求められるのか、限界が分からなくなっていますよ」と、本音を話してくれました。

そして、ブームが予想される「生物多様性」をどのようにビジネスに使うのか悩んでいました。「今は『エコ』と唱えると、それを肯定する人と、厳しい目を向ける人の双方の動きが目立っています。『命を利用するのはけしからん』と批判を受けるかもしれません」と述べていました。

「生物多様性を守る」ことは必要なものの、「どの程度まで向き合えばいいのか」「どのように人々の欲望と折り合いをつけるのか」という問いについて、どんな人や会社・組織にとっても、答えはすぐに見つかりそうにありません。

日本のビジネスパーソンも社会も、まじめな人が多いですから、すぐに対応に動き、結果を出そうとします。ただ、はっきりとした答えはなさそうな問題ですし、下手にこれを利用しようとすれば世の中から批判を受けるかもしれません。「仏さまレベル」の慈悲の心をすべての人に求めるようになったら、私のようなふまじめな人間には、とても窮屈な世の中になるでしょう。人々の自由を侵害する危険もあるのです。

自分の身の回りでできることを考えながら、ゆっくりと、慎重にこの問題を考えた方がよさそうです。

追記・この記事を執筆していると福田康夫首相が辞意を表明しました。前の安部晋三首相とともに、温暖化対策を政権の重要課題に掲げました。「もう少し産業界に配慮をした形で政策を打ち出せばよかった」と、私は2人の首相の政策に批判的な見方を私は持っているものの、問題に真摯に取り組んだ2人の努力には敬意を持ちます。
ですが、その取り組みで両内閣とも支持率は上昇しませんでした。温暖化問題のように地味で負担を求める政策は、日本では政治的な争点にはならないようです。

【注】IUCN(国際自然保護連合)のホームページ。レッドリスト(絶滅危惧種一覧)があります。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。