温暖化対策にいくらかかるのか〜富の1%を提供できますか?
2008年4月 3日
(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら)
■「いくら」で地球は救われる?
「温暖化問題では煽りの議論は止めて事実を直視し、冷静にコストと効果を見極めましょう。そして賢いお金の使い方をしましょう」。
「温暖化は私たち一人一人の問題です。解決には負担が必要になり、それを引き受ける覚悟が必要です」。
「ビジネスの力が温暖化問題の解決のカギになります。企業がこの問題で活躍できる状況を作り出すことを考えましょう」。
この連載で私はこうした考えの下で情報を提供して、読者の皆さんとともに、温暖化問題の解決策を探りたいと思っています。
しかし、こうした考えに疑問を持つ方も当然いるはずです。「温暖化による金銭損害が大変なものになる」とか「生物の種の絶滅など、お金で換算できない損害が生じる可能性があり、そのためにコスト度外視で温暖化対策を行わなければならない」などの考えを持つ方は、私の考えに物足りなさを感じるでしょう。温暖化対策に一つの結論を出すことが難しいのは、コストと効果、またその判断の裏にある温暖化の進行による損害について、それぞれの人によって受け止め方が違うためです。
「温暖化による損害はどの程度か」。
「いくら払えば、温暖化は止められるのか」。
こうした疑問が生じるはずですが、未来のことを見通せないゆえに、私は明確に示すことはできません。しかし、政府による試算などから、議論の目安となる数字を提供してみましょう。各種の試算で負担の額はGDPの1%程度という結論が出ています。
■異常気象のコストは50兆円以上
まず損害の例を考えてみましょう。温暖化と直接の因果関係は解明しつくされていないものの、異常気象が世界各地で発生し、その頻度が増えています。
異常気象と損害の一例を示してみましょう。アメリカ南部のミシシッピ州やルイジアナ州を2005年8月に襲ったハリケーン「カトリーナ」。ニューオリンズ市の大半が水に浸かり、普通の生活が破壊された姿が世界に伝えられました。世界でもっとも豊かな国の一つであるアメリカで、多くの人が被害に苦しむ姿は衝撃的なものでした。このハリケーンでは約1700人の方が亡くなったという悲劇が生じただけではありません。損害額もおそらく史上最悪になりました。
その保険金の支払総額は最大600億ドル(約6兆円)、不動産への損害は最大1000億ドル(約10兆円)に上ると推計されています。それだけではありません。石油施設が破壊されたことで原油価格が急騰し、アメリカを代表する航空会社のデルタ航空、ノースウェスト航空が同年に経営破たんする一因にもなりました。
UNEP(国連環境計画)の推計によれば、カトリーナの影響のために、05年は過去最悪の自然災害の損害は推計で2000億ドル(約20兆円)になりました。スイス再保険のリポートによれば、ハリケーンなど自然災害への保険金支払額は、世界の年間平均で1970年代は29億ドルでした。インフレを考えても、温暖化によって損害が増えるリスクが増している可能性が高いのです。
06年にイギリス財務省が発表した「気候変動の経済学」(スターン・レビュー)という報告書では、温暖化の損害について試算が示されています。最悪の場合に毎年世界のGDPの5%以上になると推計されています。世界のGDPは、IMF(国際通貨基金)によれば08年で57兆3200億ドルです。「GDPの5%」とは毎年5000億ドル(50兆円)程度でしょう。大変な巨額に思えますが、05年の推計の損害額をみれば、意外な数字ではありません。
■GDPの1%の負担の受け止め方
スターン・レビューではGDPの1%程度のコストで温室効果ガスの削減対策を行えば、2050年までに温室効果ガスの排出を約半分にして、気温の上昇を2度程度に抑えることは可能であると推計しています。
日本ではどうでしょうか。日本の国立環境研究所が06年に発表した研究によれば、日本は2050年までに、05年比で70%の温室効果ガスの削減ができるとしています。そのためにはエネルギー源の転換や省エネ機器の普及など、社会構造を変える必要がありますが、必要なコストは年間6兆7000億円から9兆8000億円と予想されています。これは2050年の予想GDPの約1%に当たり、スターン・レビューの見通しと重なっています。
経済産業省は3月、エネルギー需給の長期見通しを発表しています。そこでは2020年度に温暖化ガスの排出を05年度比で11%減らすには、現在から20年度までに企業と家庭部門を合わせて約52兆円の負担が必要と試算。年換算で4兆円と国内総生産(GDP)の約1%を地球温暖化対策につぎ込むことになります。ここでも1%という数字が出てきました。
現在EUは温暖化対策案を発表しています。温室効果ガスの全体枠を決め、各国でオークションをして企業に割り当てようとしています。そこでの企業負担は600億ユーロ(約9兆円)、EU全体のGDPの約0・7%程度になると試算されています。
これらは経済モデルを使った試算で、それぞれの結論を導く方法の詳細は割愛します。ここでいう「モデル」とは数式の集合体で仮想の経済であり、現実の社会にそのままあてはまるものではありません。ですが、この問題を考える際の議論の目安として「私たちの社会は、生みだす富(GDP)の1%分を温暖化抑制のために使う必要がある。そうしなければ5%の損害を負う可能性がある」という研究があることは、今後の温暖化問題を考える際に、念頭に置くべき目安でしょう。
日本は少子高齢化の時代となって、働き手が今後減少し、経済の力が弱まることが懸念されています。各種シンクタンクの推計によれば、年率1〜2%という低い経済成長率にとどまると予想されています。そうした低成長の中で、「GDP1%の負担、5%の損害」は、経済全体に大きな重荷となります。
一方で、GDPの1%年間4兆円の負担は、一人当たりに直すと3万円強。その程度なら喜んで温暖化対策に支出する人もいるかもしれません。
実は政府の08年度予算だけで、温暖化対策に約1兆2000億円が支出されています。すでに負担は私たちに課せられます。一人3万円程度の負担ならば私は個人的に許容できると思いますが、読者の皆さんはいかがでしょうか。
石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」
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