このサイトは、2011年6月まで http://wiredvision.jp/ で公開されていたWIRED VISIONのコンテンツをアーカイブとして公開しているサイトです。

飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

何はさておき得したい

2007年12月 4日

(これまでの 飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」はこちら。

競争のない平和で安定的な社会と、いつ寝首をかかれるかわからない熾烈な競争社会……国民にとって望ましいのはどちらでしょう。そんなの考えるまでもないですよね! 当然熾烈な競争社会です!!

「経済学の結論」と「経済学の論理」
まずは生産活動から。既存企業によるカルテル状態が確立されていて、カルテル破りや新規参入の余地がない産業について考えてみましょう。このとき、この産業の生産物価格は高く、その結果取引量は少なくなります[*1]高くて量が少ないわけですから、この産業の活動から生じる経済的な豊かさは小さいということになる。これが国民経済にとって競争が必要な理由です。

企業だけではなく、労働に関しても競争の欠如は厚生を低下させます。60-70年代の英国に典型的に見られたように、労働組合の交渉力によって(既存の勤労者の)安定的雇用と高賃金が守られていると……雇う側にとって「労働は高くつく」結果になります。高コストの元になる雇用は出来るだけ抑えたい。その結果、経済全体での雇用が停滞することで生産は伸び悩み、現在既に正規の職を得ている者以外にとっては職に就くことが非常に困難な状況が生まれるのです。

だからカルテル規制と競争促進が必要だというのが経済学の結論です。しかし、経済学の論理を「逆手にとって」考えてみてください。確かに、「全面的な競争の欠如とそれによる非効率的な経済」よりは「競争社会」がいい。しかし、もっともっと望ましい状態があるじゃありませんか! 

それが、「自分以外は激しく競争し、自分だけは競争から守られている」という状態です。例えば、自分が属する産業「以外の」産業では激しい競争が行われていたとしましょう。競争の結果として安価で良質な原材料が購入でき、それを高値で売ることが出来れば、それに越したことはない。自分以外の企業と労働者は激しく競争をしているけれど、自分の身の回りだけは安泰なら、生活は楽だし、優越感にも浸れる。

そう!僕たちが目指すべきは「自分だけは競争から守られている」状態なのです。

自分だけが得するために

では、自分だけが競争にさらされないためにはどうしたらよいでしょう。最も単純な方法は外生的な規制、ある時は法、ある時は慣習や常識によって守られるようになればよいのです。

ここで、個人の年収について考えてみましょう。日本において年収の高い職種ベスト3は弁護士・医師・パイロットです[*2]。これらの職種は、もちろんその職業に就くための競争は必要ですが、ひとたびその職に就いてしまえば自由な参入や競争から距離を置くことが出来ます。何よりも、弁護士・医師・パイロットの供給が法的に規制されてしまっているわけですから、その価格は上昇せざるをえないのです。弁護士・医師はさておき、パイロットについてはその供給が多いアメリカでは高級取りとは限りません。

企業別にみてみると、Top10は外資系投資銀行・ファンドとテレビ局に二分されていることに気づきます。テレビ局が規制業種であることはいうまでもありません。また、かつての花形であった銀行・保険が典型的な規制業種であったことをご記憶の方も多いでしょう。

規制のあるところでの競争は緩やかで、それが故に旨味がある。したがって、自分が所属する業種や職種の競争を激化させるような政策・規制には断固反対しなければなりません。その一方で、競争を緩和する政策・規制は是非とも導入していきたいところです。外生的な力による競争の回避は重要な利潤確保策です。

ちなみに、このような規制の変化を求めるための錦の御旗を創造することはいともたやすいことです。「社会に貢献するために」「過当競争による産業の疲弊を回避し」「社会的な価値を創造する産業の安全性を向上させる」という三段論法にその場の雰囲気にマッチしたネタを仕込み、いくつかの実例[*3]を併せればよい。例えば、「金融業は地域経済の潤滑油である。したがって、過度の競争によって地域金融が停滞することは回避しなければならない。地域金融機関の安定のためには、無責任な参入を防ぐためにも開業や進出には慎重な審査と許認可が必要だ」というわけです。ぜひ自分の勤め先や自分の職種についても作文してみてください……例えば、「大学教育は国民の文化・教育を支える基礎である。企業人や官界から大学教員への参入が目立っているが、彼らに責任を持った教育・指導、さらには研究ができるだろうか。責任ある大学教育を行うためには、大学教員の資格について例えば大学院修了を条件とするといったルールが必要だ。」みたいな感じに。

しかし、このような公的なシステムとして競争状態を変化させることが出来る産業・業種はごくわずかです。では、外生的な力に頼らずに「競争から逃げる」にはどうしたらよいのでしょう。

**************
*1 もちろん、生産量が抑制された結果として取引価格が高くなるということもあります
*2 ただし、弁護士・医師についてはパートナークラスや開業医等が平均値を引き上げています。彼らは「経営者」でもあるので競争と無縁という訳にはいかないでしょう。
*3 世の中には実にいろいろなことがあるので、自分の見解に合う具体例は捜せばどこかにあるものです。なければ「逸話」「寓話」を自分で考えましょう。

フィードを登録する

前の記事

次の記事

飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

過去の記事

月間アーカイブ