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合原亮一の「電脳自然生活」

環境問題から生き方まで、地球ととことん付き合う方法論を模索する。

食料を自分で作る理由(3)

2008年6月21日

たまたま最近、日本農業の将来展望に関する意見をいくつか読んだ。山崎養世氏の『このままでは日本は食べていけない−なぜ日本の農業はダメになってしまったのか』および『農業を日本の先端産業にする−田園からの産業革命をいかにして遂げるか』や、財部誠一氏の『農業が輸出産業になる日−裏切られる「国産」信仰』などである。基本的な問題意識は、僕も共通だ。ただ、こうした論調には、いくつか見落としていることがあるような気がする。

日本農業の現況については、僕が10年以上前に手探りで農業を始めた頃と変わっていないと思う。高齢化する担い手、40%を超えた減反。増え続ける耕作放棄地。唯一の救いが農業人口の微増だが、その実態はシルバー帰農と呼ばれる現象に過ぎない。定年退職して兼業農家から専業農家になっただけとか、退職後実家に帰って農業を始めた人たちだ。どうして新たな農民が増えないのか、まずはその辺りの実態を知ってもらいたい。

農業をやりたいという若い人を増やす必要があるのだが、農地法のおかげで新規に農地を買ったり借りたりするのはハードルが高いというこうした論者の指摘は間違っていない。なぜなら、農地法の自作農主義によって、農民とは農地を持っている人なのである。だから農民になるにはまず農地を手に入れなければならない。しかし農地法によって農地が買えるのは農民だけなのである。もう一度読み直してほしい。堂々巡りしていることがわかってもらえるだろうか。既に農地を持っている人以外は、ほとんど農地を手に入れる方法がないのだ。

理論的には、通常農民と認められる最低限の面積である4反から5反(50アール:5000平米:1500坪)の農地を一挙に取得すれば非農民が農民になれる可能性があるが、それでも可能性だけだ。その人が本当に農民になれるかの審査があるので、営農計画があり、農業経験があり、トラクターや軽トラック、耕耘機や管理機、田植機、コンバイン、ハーベスター、バインダーなど、農業を実行するために一般に必要とされる機械設備一式を所有していることが条件になる。

つまり、農民じゃないのに十分な農業経験があり、しかも農地も持っていないのに農業機械一式を所有していなければならないのだ。あり得ない要求といえるだろう。実際にはまだ機械を持っていなくても、営農計画の中にこうした機械の購入計画を示し、機械一式と農地を購入できるだけの資金があることを証明するという方法もある。その場合、トラクターなどの大型機械はそれぞれ100万円以上するし、農地の取得にもどう考えても数百万円必要だ。最初の収穫までは無収入なので、1-2年の生活費の準備も必要だ。

つまり現実的には、ざっと1500万円の現金が手元にあり、しかも充分な農業経験がある人以外は、新たに農家になることはできないのだ。しかし儲からない農業に従事しながら1500万円の貯金を貯めるというのはあまり現実的ではない。それ以外の仕事でそれだけのお金を作れる人で、それから農業経験を積み、わざわざ儲からない農業に転向しようという人はまずいないだろう。たまたまそういう奇特な人がいたとしても、さらに現実は厳しい。というのも、農地を買うための仕組みがほとんどないからだ。

だから、たまたま農村またはその近くに住んでいて、農村や農協に知人がいたり関係があり、農地を売りたいという話をキャッチできなければ、お金があっても農地を買うことは出来ないのだ。都会に住みながら農地を買うのは不可能に近いと考えるべきだろう。過疎対策や担い手不足対策で、農業経験の蓄積も含め自治体が支援してくれる場合もあるが、2年ぐらいの経験ではちゃんとした農業生産を行うのは難しいのが実際だ。跡継ぎのない大規模専業農家に農業労働者として入り、相応の経験を積んだ上で農地と機械一式を譲り受けるなどの、特殊な条件以外は、新規に農民になる条件を満たすのは非常に困難なのだ。

農地を取得できる制度、農地の流動化を促進する制度ができたとしても、それだけで農業が始められるわけではないことがわかってもらえただろうか。最近の耕作放棄地の増加を受けて、最低限耕作しなければならない面積の引き下げや、農協が仲介しての貸借など、農業委員会なども努力してこなかったわけでは無い。それでも農業に従事する人が増えないのは、なんと言っても農業では「食って行けない」という事実があるからだ。

農業でどれぐらいの収入が得られるか知っているだろうか。一番手がかからずしかも高く売れるのは米だ。しかし米の売り渡し価格は1俵(60キロ)1万円台である。現実よりも高くなるが、計算しやすいよう1俵2万円としてみよう。米の収量は良く出来て1反10俵である。つまり1反からの売上は20万円ということになる。ということは、500万円の売上を得るには25反(農地取得の最低条件の5-6倍)必要ということだ。しかも肥料代や機械の償却費用などもここから支払わなければならない。

花や特殊な野菜など、土地面積あたりの売上が高い作物もないわけではない。最低面積でも経営が成立する場合もあるだろう。しかしその場合、ハウスを建てたり、ボイラーを焚くための燃料代がかかったりと、費用が大きくなるし、技術的な難易度も高くなる。新たに農業を始めようという人には、リスクやハードルがますます高くなるのだ。困ったことに農業は天候などの影響が大きいので、収入が大きく変動する。かなりリスキーな職業なのだ。だから土地を流動化しても、確かに何らかの所得保証がなければ、農業に力を入れる人が増えて行くことはないだろう。もちろんそれは必要だ。だが、それで農業生産が増えるのだろうか。

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プロフィール

川崎重工業人事部・川重米国本社CFOを経てガリレオに参加。ガリレオの業務の傍ら、環境問題、食糧問題に関心を持ち、「電脳自然生活」を目指して有機農業で米、野菜を作る。

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