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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

「セクハラ」と「ワークライフバランス」の差異に何を見るか

2008年3月10日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら)

過去2回の話を自然に延長するとワークライフバランスの論に到達します。皆さん、聞いたことありますよね、現在CSRヒットチャートを赤丸急上昇中の「ワークライフバランス」。仕事と家庭生活の均衡をとれる労働環境をつくろうという運動。主に雇用主である企業の責任の問題として語られます。ときどき小生のところにも「ワークライフバランス」のセミナーに参加しませんか、といったお誘いの電子メールが届いたりします。

そのたびにワタシの脳裏に浮かぶのは、「セクシャルハラスメント」が昔一部の人に使われはじめた頃のことです。当時の「セクシャルハラスメント」は現在の「ワークライフバランス」と同様、言葉の一種の落ち着きの悪さという点で相通ずるところがあります。重厚な調度品に囲まれた役員室で使うことがやや躊躇されるような感じであります。

実際のところ「セクシャルハラスメント?チミィ、外国の真似すればいいというわけじゃないのだよ。」と重役さんたちは皆おっしゃっておられたわけです。しかし、時間とそれに伴う刷り込み効果は恐ろしいもので、いつの間にか「セクハラ」と和製英語の装いをまとい、東証一部上場企業の役員会議でも正々堂々と使える、ビジネス界の「メインストリーム言語」に昇格しました。

一方で「ワークライフバランス」はまだその域には達していません。ワタシは考えました。「ワークライフバランス」のコンセプトが時を逸せず日本の企業社会の主流派に受容されるためには、この言葉が早急に短縮されなければならない、と。

「ワーク」の「ワ」、「ライフ」の「ラ」、そしてバランスの「バラ」をとって「ワラバラ」というのはどうでしょう。なんとなく「セクハラ」に語感が近いし。有力週刊誌が中吊り広告で大きく「ワラバラ」と出してくれれば、あっと言う間に重役室の扉が開かれるでしょう。皆さん一緒に繰り返してみましょう。「ワラバラ」、「ワラバラ」。少し耳に馴染みましたか?「クワバラ」じゃないですよ(笑)

視野を広げてワークライフバランス的な思考の意味を考えて見ましょう。企業に求められる規範は社会によって様々です。たとえばかつての日本社会は職場でのセクハラ的行為に対して非常に寛大だった。けれどもアメリカではそうではなかった。この差異への認識不足は一部の日本企業に大きなコストとして圧し掛かりました。

CSRという概念の一つの効用は、海外において企業に求められている社会的規範への感受性を高めたことにあると思います。もし20年前にCSR概念が広まっていればセクハラ問題で日本企業が対応を間違うこともなかったかもしれません。

CSRの中でワークライフバランスが語られることには二つの意味はあると思います。一つは、「社会の持続可能性」という大きな文脈に心を留めることを促していることです。会社の従業員は決して企業の占有財産ではありません。従業員は社会の人的資産を会社が預かっているものであります。会社はこの社会的資産を育てる責務があります。反対に磨り減らしてしまうと将来の世代の健全性を損なうことにつながります。社会は持続可能な発展の道筋から外れてしまうかもしれません。今日の日本社会の文脈でいえば重要な社会的課題である少子化問題への対応のため企業がなし得ることの一つではないでしょうか。

もう一つは企業がグローバルに一貫性ある人事政策をとるうえでの助けとなっているという点です。いまや従業員の過半が非日本人である企業は珍しくありません。グローバルに優秀な人材を獲得し引き止めるためには「ワークライフバランス?何それ?」ではダメだろうと思います。もちろん、人材獲得の視点は日本においても同様であります。

もっとも、どのような概念も濫用しないよう心がけなければなりません。もし読者が入社後5年以内の20代の方であれば基本的にワークライフバランスなんてお忘れになることをお勧めします。まずはお仕事ガムバッテください。一人前になるためには集中しなければいけない時期です。バランスはその後、「磨り減る」年齢になってから。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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