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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

「店長は非管理職」マクドナルド判決に思うこと

2008年2月18日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら)

「すまじきものは宮仕え」、世代を超えて勤め人の心を鷲づかみにしてきたこの金言。なんでも、文楽の「菅原伝授手習鑑」の台詞に由来するそうです。さすが日本の古典、一言つぶやけば癒しの効果は抜群です。「ああ、昔の人も同じだったんだなぁ」ってね。職場の机に貼ればやる気も倍増(笑)。

この書き出し、他でもありません先日のマクドナルドの裁判です。ある店長さんが、管理職扱いされて時間外手当を支払われないのは違法として会社を訴えた件、先日東京地裁が「職務の権限や待遇から見て、店長は管理監督者に当たらない」と会社側の主張を退ける判決を下しました。きっと皆様よくご存知かと。

実は日本企業の「管理職」の定義は曖昧で、欧米企業であれば管理職とは認められないようなポジションまで管理職扱いする傾向があることは以前から指摘されていました。グローバルな経営を考えるときに、たとえば自社の海外子会社や海外工場の従業員のうちどこまでを管理職とするかは大きな問題なのです。管理職の範囲を広くとりすぎるとマクドナルドの裁判と同様の問題が起こります。小生、一昨年出した「グローバルCSR調達」の中で次のように注意を喚起させていただいたおります。

一見明らかな文言も実際上解釈の余地があることが少なくない。・・・「管理職(manager)」という用語も同様の問題を内包している。例えばアメリカ企業と日本企業では管理職という概念は必ずしも同様には解釈されない。経営側と労働者側の峻別がはっきりしているアメリカ企業では管理職はあくまで経営者側に立って「管理」する職であり、日本企業よりも狭い解釈をする傾向がある。アメリカ企業では管理職と非管理職の間には日本企業に比べ大きな報酬上の差があることが通常である。いずれにせよ管理職が時間外労働規制の対象外である場合は「管理職」という言葉の解釈如何によりサプライヤーに求められる労働時間管理の対象範囲そのものが変わる。

(出典)「グローバルCSR調達−サプライチェーンマネジメントと企業の社会的責任」日科技連出版

日本企業の海外工場では「管理職」が大盤振る舞いされ、事実上給与総額圧縮のための一種の「偽装」となっている例もあるとの指摘もあります。ここで重要な問題は「管理職手当」の水準です。日本企業だと管理職になると給料が下がることがままあります。結局、管理職手当と残業代のバランスの問題になります。昨今では管理職になっても相変わらずの長時間労働というのが通り相場で、一方、日本企業は「管理」に対する経済的評価をあまりしてこなかった。日本企業が海外で優秀な中間管理職を引き留めておけないことの一つの原因でもあります。海外では非管理職から管理職への登用は給料の大幅増加を意味するのが普通です。「責任」の対価として。

マクドナルド裁判をグローバルな視点からみると問題点が鮮明になるかもしれません。同時に日本の社会を考える上でもマクドナルドの裁判はよいきっかけとなるのではないかと期待しています。あの判決に内心喝采した先輩、同輩諸兄は少なくなかったのではないでしょうか。ワタシと同様「宮仕え」の身であろう多くの読者各位の今後と我々同様宮仕えの身となるであろう大勢の子供たちの将来を考える上で、この判決は深い意味を持つと思うのです。

 企業の利益追求は仕方のないことです。市場での競争は苛烈で気を緩めれば次の瞬間企業は存在が脅かされる。この恐怖感によって豊かさがつくられる、というのは資本主義の一面であります。でも、日本人は疲れすぎているようにも思います。徹夜明けで朦朧としながら帰宅すると団地の近所の路肩にはタクシーが並んで運転手さんが仮眠をとっている。
日本ではみな疲れているような気がします。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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