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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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『インセプション』から『エンジェル ウォーズ』へ--気鋭の映像作家たちが描出する"内なる世界"

2011年1月28日

映画と夢:『インセプション』の神経科学」という翻訳記事を読んで、"内なる世界"を描いた最近の映画について書いてみたくなった。

『インセプション』は昨年公開された中では特に好きな作品で、メイキング映像を含むブルーレイディスクも購入した。本作の見どころは、夢の世界へ、さらにその下層の夢へと重層的に進行するストーリーが絡み合う複雑な構成と、実写とCGを巧みに織り交ぜてそうした夢の世界を描き出したインパクトある映像だ。

たとえば、先述の記事でも画像で紹介されたホテル内でのシーン、夢の第2層で無重力になるという場面の撮影では、巨大な飛行船格納庫の中に30メートルに及ぶホテルの廊下のセットを構築し、それを丸ごと回転させて無重力状態を作り出した。ほかにも、パリのカフェで店の調度などが爆発するシーンでは、軽量素材を高圧窒素で吹き飛ばして高速撮影したり、ロサンゼルスのダウンタウンで貨物列車のレプリカを実際に走らせたり、といった例のないロケ撮影を敢行している。これらの創意工夫によって、見たことがないのに奇妙にリアルな、まさに観客自身も夢を見ているかのような映像体験がもたらされる。

クリストファー・ノーラン監督は出世作の『メメント』で、記憶を10分間しか保てない前向性健忘という障害を持つ主人公の内面を観客に体感させるため、ストーリーを10分程度のシークエンスに分断し、逆時系列に並べて提示するという手法をとった。同作と『インセプション』では予算規模も内容も大きく異なるが、人間の内面を独創的なアイディアでビジュアライズし、説得力ある映像を作り出したという点で共通している。

先述の記事での引用部分に、「この作品は......映画制作のメタファーだ」とあるが、これはまあ、過去にも多くの作品の批評に使われた便利なフレーズではある。でも考えてみれば、映画に限らず芸術の表現活動は、内なる感情や想像や思想を外に表すことなのだから、「夢の世界」を描いた作品(『インセプション』)が、夢を作品として具現化する行為(映画制作)に似ているのはある意味当然なのかもしれない。

スタンリー・キューブリック、リドリー・スコット、ジェームズ・キャメロンのように、当時最先端の映像技術を駆使しつつ創造性と作家性を発揮した監督たちは、宇宙空間や未来社会を描いて成功した。だが最近は、そういったSFジャンルの映画はかつてのリアリティーとインパクトを失いつつあるように思う。CG視覚効果の進歩と普及により、映画で「見たことのないもの」を目撃することの感激が薄れたこともあるだろうし、未来に期待を持ちにくい時代の雰囲気も影響しているのかもしれない。

一方で、最近の気鋭の監督たちは、独特の映像センスで"内なる世界"を描き出し、観客に強い印象を与えているように思う。意識をテーマにした『マルコヴィッチの穴』『エターナル・サンシャイン』などのユニークな脚本で知られるチャーリー・カウフマンは、初監督作品『脳内ニューヨーク』で、主人公の劇作家が頭の中のニューヨークを実際のニューヨークの中に作り出すという途方もない物語を映像化した。『エターナル・サンシャイン』を監督したミシェル・ゴンドリーは、独創的だがどこか懐かしい映像表現が持ち味で、『恋愛睡眠のすすめ』でも夢を扱っていた(今月公開されたヒーローものの『グリーン・ホーネット』はそうした持ち味が発揮しきれていない気もしたが)。

そしてもう1人、『300』『ウォッチメン』のザック・スナイダー監督もまた、最新作『エンジェル ウォーズ』(原題:Sucker Punch)で"内なる世界"の映像化に挑む。日本では4月公開の本作、試写は未見ながら、プレスリリースによると「ある若い女性が暗い現実から逃避するために作り出した鮮烈な想像の世界で繰り広げられる壮大なアクションファンタジー映画」とのこと。予告編を見ると、セーラー服姿のヒロインが刀を振り回したり、鎧を着た巨人や巨大ロボットと戦ったりと、日本のアニメや特撮モノの影響も少なくなさそう。いろんな意味で楽しみな作品だ。

最後に、やや脱線気味になるが、オタクの「夢」が現実世界で爆発、という点では『キック・アス』『マチェーテ』という昨年公開のヒーローアクションもの2作品もよかった。『キック・アス』や『グリーン・ホーネット』については、現代のリアルなヒーロー像という視点でまた機会があれば書いてみたい。

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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