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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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『Dr.パルナサスの鏡』レビュー:ギリアム・マジック健在、悲劇乗り越え奇跡のコラボ

2009年10月15日

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(C) 2009 Imaginarium Films, Inc. All Rights Reserved. / 2009 Parnassus Productions Inc. All Rights Reserved.

[ストーリー(プレス資料より)]
2007年のロンドン。科学者パルナサス博士(クリストファー・プラマー)を座長とする旅芸人の一座が、劇場仕立ての馬車で巡業をしている。座員は博士を筆頭に、その美しい娘ヴァレンティナ(リリー・コール)、こびとのパーシー(ヴァーン・トロイヤー)、曲芸師の若者アントン(アンドリュー・ガーフィールド)。
出し物は、人が心に抱いている想像の世界を具現化してみせる「イマジナリウム」。観客は博士の瞑想に導かれて魔法の鏡を通ることにより、その向こうにある自分の想像上の世界を体験できるのだ。
しかし博士には秘密があった。彼は自らの不死と若さを得る代償として、大切な娘を差し出す契約を悪魔(トム・ウェイツ)と交わしていたのだ。
その期限は、間近に迫ったヴァレンティナの十六歳の誕生日。おりしも橋の下に吊されていた謎の青年トニー(ヒース・レジャー)が一座に加わったことにより、事態は思いがけない方向へ…。

テリー・ギリアム監督が多分に自己を重ね合わせたというパルナサス博士のキャラクター。「自分の物語を誰からも聞いてもらえなくなった」博士の設定は、思い通りの映画を作る予算が集まらなかったり製作中止に追い込まれたりした経験から。そして夢想家の博士と彼を健気に支える娘の関係は、「父の狂気をコントロールし、この作品を守った」と語る監督の娘で共同プロデューサーを務めたエイミー・ギリアムと監督のかかわりの投影だろう。さらに、ギリアム監督も自ら、「他人の心を動かし、彼らの目を開かそうと勇気づけ、世界の真実に気づかせようとする」アーティストとしての使命を描いたものだとして、作品のテーマを「僕自身に関連すること」と説明している。

トニー役には、『ブラザーズ・グリム』以来信頼関係を築いていたヒース・レジャーを起用。トニーが登場するシーンは鏡の前の現実世界と、鏡の向こうの空想世界の2つに分かれていて、まずロンドンでの現実世界の撮影が2008年1月19日に終わる。1週間後にはバンクーバーで空想世界の特撮が開始される予定だった。だが1月22日、処方薬の過剰摂取によるヒース死亡の報がスタッフキャスト全員を衝撃に陥れる。いったんは製作中止も考えたギリアム監督だが、協力を求めたジョニー・デップが代役を快諾したことを受け、鏡の中の世界ではトニーの容姿が変わるという設定に変更。さらにスケジュールの都合により、ヒースの友人のジュード・ロウとコリン・ファレルもトニーを演じることになる。こうして監督と俳優たちの熱い絆により、1つの役を主役クラスの大スター4人が演じ分けるという前例のないコラボレーションが実現した。

映画の見どころはやはり、ギリアム監督の想像がそのまま映像になったかのような、独創的で摩訶不思議なイマジナリウムの空想世界だろう。巨大な発光クラゲが宇宙を漂い、モニュメントのようなハイヒールが蓮池にそびえ立つ。黒いタールのような川がまくれあがり、悪魔の顔を持つ大蛇の姿に。博士の頭部も巨大化して気球になったり、舌を伸ばしてUFOのように回転して飛び去ったり。ロシアマフィアに追われてトニーが登った長尺のハシゴの踏み板が全部割れて大ピンチ、と思いきやハシゴの2本の支柱を竹馬にして丘陵をのっしのっしと越えていく、という展開に嬉しくなって思わず手を叩きたくなる。

視覚効果ではCGも多用されているが、『ブラザーズ・グリム』のフォトリアルなCGによる洗練された視覚効果に比べると、舞台の大道具や背景の書き割りのような作り物っぽさをわざと残したレトロでキッチュな魅力に満ち、見せ物小屋の鏡の奥にあるという設定にマッチしているし、ギリアム監督がアニメーターとして参加していた『モンティ・パイソン』作品での切り絵アニメーションの雰囲気にも通じる。

ヒース・レジャーは、謎を秘めながらも巧みな話術で女性たちをイマジナリウムへ呼び込むトニーを魅力的に演じている。空想世界での代役の3人はジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルの順で登場するが、最初のカットでヒースに似て見える角度から顔を写すといった工夫により、この世界で容姿が変わるという設定を違和感なく受け入れられるし、少しずつ明らかになるトニーの性格と過去を、3人のルックスと雰囲気の違いを利用しながら描いていく演出も見事。なお、エンドロールには"A film from Heath Ledger and friends"(ヒース・レジャーと友人たちからの映画)という献辞が流れる。

想像力の可能性、人生の意味、親子や仲間の絆といったテーマがスクリーンの内側と外側から響き合い、かかわった人々のドラマを知れば一層、ヒース・レジャーの最後の演技を収めた素晴らしい映画を鑑賞できることに感謝せずにはいられない。


[公開情報]
『Dr.パルナサスの鏡』 原題:The Imaginarium of Doctor Parnassus
監督:テリー・ギリアム
出演:ヒース・レジャー、クリストファー・プラマー、リリー・コール、ヴァーン・トロイヤー、アンドリュー・ガーフィールド、トム・ウェイツ、ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレル
配給:ショウゲート
2010年1月、TOHOシネマズ 有楽座ほかにて全国ロードショー
公式サイト:www.parnassus.jp/

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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