ソーシャルネットの焦点、データポータビリティ
2008年5月27日
(これまでの 佐々木俊尚の「ウィキノミクスモデルを追う」はこちら
前回、次のようなことを書いた。--自分の所属するソーシャルネットワークが可視化されれば、ソーシャルネットワークはユーザーのもとに帰ってくる。情報の粘着性仮説に依拠すれば、このとき初めてソーシャルネットワークは、ユーザーサイドのイノベーションを起こす場所となり得る。
だがサービス運営側にとってみれば、主導権がユーザー側に持って行かれるというのは、実のところあまり嬉しい話ではない。そこでソーシャルネットワークの主導権争いが発生することになる。「ユーザー vs 企業」というのが基本的な構図だが、これに企業同士の争いもからんでくる。
ユーザーが徒手空拳にソーシャルネットワークの主導権を確立するのは難しいから、何らかのシステムの力を借りて主導権を握ろうとする。そうなるとそのシステムを運営している企業と、もともとソーシャルネットワークを運営している企業との間で競争が生じることになる。
抽象的な話でわかりにくいかもしれないが、この競争の構図は英語圏のソーシャルネットワーク業界で、現実の競争として起き始めている。その端的なケースが、データポータビリティ戦争だ。
データポータビリティというのは、ソーシャルメディアのユーザーが自らの交友関係や自分の個人情報などを自身で管理し、さまざまなソーシャルメディアで共有できるようにしようという概念である。つまりマイスペースやフェースブックなどのSNSでユーザーが持っている友人関係やプロフィールなどのデータを、各社で共通化してしまおうという試みだ。
これはシックスアパート社に当時所属していたもブラッド・フィッツパトリック氏が2007年、「ソーシャルグラフ(SNS上の人脈相関関係)を共通化しよう」と提唱し始めて動き出し、DataPotability.orgという非営利団体も同年11月に設立された。
この団体が提案しているデータの共通化が実現すると、たとえばミクシィ・ユーザーがグリーに新規登録しようとすると、「あなたのミクシィのマイミク120人のうち、105人がグリーにも登録されています。これらの方々をグリー上でも一括友人登録しますか?」といった表示が出て、マイミクをそのままグリーに持って行くようなことが可能になる。そして各サイトでのユーザーのアイデンティティもOpenIDなどの仕組みで共通化すれば良い。
OpenIDもデータポータビリティと同様にフィッツパトリック氏が2005年に発表した技術で、参加しているサイトでの認証システムを、他のサイトでも利用してシングルサインオンするというものだ。たとえばヤフージャパンのIDをOpenIDに登録しておけば、他のサイトで認証する際、ヤフーIDを使ってログインすることができる。複数のIDとパスワードセットをユーザーが持つ必要が無くなり、セキュリティを阻害しないでサインオンの利便性を高めることが可能になるわけだ。
そしてこのデータポータビリティの考え方に賛同する形で、ネット企業大手3社がソーシャルグラフ可搬サービスを相次いで発表した。マイスペースのData Availability、フェースブックのFacebook Connect、そしてグーグルのFriend Connectだ。
マイスペースのData Availabilityは、マイスペースでユーザーが全体に公開している基本データと写真、動画、ソーシャルグラフをパートナーサイトのヤフーとイーベイ、トゥイッター、フォトバケットでも利用できるようにするというものだ。ユーザーは自分の個人情報や自分の交友関係をすべてマイスペースに保存しておき、マイスペースに管理してもらい、そのデータをさまざまなサイトで流用できるようになる。
これまでインターネットを使うユーザーの個人情報は、たとえばミクシィやマイスペース、フェースブック、イーベイ、グーグル、アマゾンとさまざまな場所に分散していた。だがData Availabilityを使えば、とりあえずは現在パートナーサイトとして認定されているヤフー、イーベイ、トウィッター、フォトバケットの間で自分の情報を集約できるようになる。
フェースブックのFacebook Connectも同様のサービスだ。フェースブックのユーザーは、自分のプロフィールと写真、名前、友人情報、写真、イベント、グループなどを他のサイトに持ち出すことができるようになる。パートナーサイトとしてはソーシャルブックマークのディグがすでに発表されている。
そしてグーグルのFriend Connectは、機能呼び出しのスニペットをウェブページに埋め込むことによって、OpenIDやOpenSocial、さまざまなSNSのAPIなどを通じて、既存のSNSの情報をウェブにウィジェットのように表示させることができるようになる仕組みだ。
自分のウェブに、たとえばソーシャルグラフを埋め込んでおけば、ウェブを見に来てくれた人たちに自分の人間関係を見せることができるようになる。SNSに参加していない人との間でも、ソーシャル的な交流ができるようになるというメリットがあるわけだ。
プラットフォーム戦略に長けているグーグルは、この手法においても非常に卓越していると言わざるを得ない。マイスペースやフェースブックのデータポータビリティが、あくまでもユーザーの個人情報を自社のサーバーにため込ませ、その情報を外部に利用させているだけなのに対し、グーグルは自社サーバーには個人情報を蓄積せず、ただ各SNSの情報を相互に共通化させるプラットフォームを提供しているだけだからだ。
言い換えれば、マイスペースやフェースブックはユーザーの個人情報を囲い込んでいるのに対し、グーグルは2社とは同じレイヤーでは囲い込みを行っていないのである。このあたりはいかにもグーグル的な手法--プレーヤー同士の囲い込み競争には踏み込まず、ひとつ上のレイヤーで別次元の囲い込みを行ってしまう、という手法で非常に興味深い。
しかしこのグーグルのやり方には、フェースブックがかみついた。グーグルのFriend Connectのアクセスを拒絶する手段に打って出たのだ。以下、次回はその話を述べよう。
フィードを登録する |
---|
佐々木俊尚の「ウィキノミクスモデルを追う」
過去の記事
- ソーシャルネットの焦点、データポータビリティ2008年5月27日
- イノベーションを引き起こすマジックミドル圏域の生み出し方2008年3月18日
- 来るべきWeb3.0の世界2008年2月26日
- プラットフォームの力はますます強化されていく2007年12月28日
- イノベーションが生まれる論理2007年12月17日