イノベーションを引き起こすマジックミドル圏域の生み出し方
2008年3月18日
(これまでの 佐々木俊尚の「ウィキノミクスモデルを追う」はこちら
『「みんなの知識」をビジネスにする』という書籍が、間もなく翔泳社から発売される。リンクをクリックしていただければわかるが、Amazon.co.jpではすでに予約可能になっている。兼元謙任オウケイウェイブ社長と私の共著で、集合知ビジネスのキーマンたちに連続インタビューしたものだ。集合知ビジネスの決定的な解決策にはまだ道のりは遠いが、しかしその課題に向けての示唆的な言葉がちりばめられている本である。ぜひ手にとっていただければ。
この本の内容についても、この連載では言及していく予定だ。だが今回は取りあえず、前回の続き。ユーザーイノベーションを引き起こすためには、情報がどの場所にあるべきなのか?というテーマについて勧めていくことにしよう。
前回、Web3.0の世界では情報がユーザーの元へと再集結していくという話を書いた。そして情報の粘着性仮説に基づけば、Web3.0の世界ではイノベーションはユーザーのいる場所で起きるということになる。
とはいえ、ひとりのユーザーという存在はあくまでもロングテールでしかない。たったひとりのユーザーしかいない場所で、たったひとりのユーザーのニーズのためにイノベーションは発生しない。ユーザーの数は、イノベーションを引き起こすクリティカルマス(臨界点)にまで達している必要があるからだ。ロングテールがある程度集約され、ロングテールの集合体が一定の最大公約数的なコミュニティを形成し、つまりはマジックミドル的な圏域が生み出されることによって、それがイノベーションを生み出す原動力になる。
ではこのクリティカルマスはいったいどの程度の人数なのか? 10人ならOKなのか? それとも100人ぐらいは必要なのか? おそらくそうした推測をここで行うのは、意味がない試みだろう。そのイノベーションの内容や方向性によって、クリティカルマスが必要とする人数も変わってくるはずだからだ。
重要なのはクリティカルマスの数値ではない。そのクリティカルマスが、どのような仕組みによって形成されるのかということだ。誰かが誰かを呼んできて、人的なネットワークで形成されるのか? それともアーキテクチャによって自動生成されるのか? 前回、ニフティで「アバウトミー」を運営している佐藤寛次郎さんはこう話している。「リアルをつなげるのは、企業とコンシューマーをつなぐことのできるニフティのような会社かもしれない。もしニフティがそういう役割を担えれば、ネットワーク化ができると思うんです」。企業がこのネットワーク形成の部分のパイプラインの役割を担う可能性を、彼は示唆している。
ひとつのケースとして、ブログ広告のアジャイルメディア・ネットワーク株式会社(AMN)を引き合いに出してみよう。同社のビジネスは広告であってイノベーションではないが、しかしマジックミドル圏域でどのようにしてコミュニティを生成していくべきかという点においては、非常に参考になる。
さてAMNはブロガーたちが中心になって作った企業で、著名ブロガーをネットワークし、彼らのブログに広告を配信するビジネスを展開している。アルファブロガーアワードの仕掛け人でもある同社取締役、徳力基彦さんはブログ広告をカンバセーション・マーケティングという言葉で捉えている。
「マス・マーケティングとソーシャル・マーケティングはコンセプトがまったく違う。マス・マーケティングの場合はとにかく力業で、お金をたくさん投じて広告の露出を増やせば認知度も上がる。しかしソーシャルの世界では、短期的にお金をたくさん投じたからといって、それで認知度が高まるわけではない。マスのようなやり方ではなく、根本的にマーケティングの考え方を作り直さなければならない。ソーシャルでは、顧客と企業がリレーション(つながり)を保持し、そこで会話し、顧客にファンになってもらい、そしてそのファンをじわじわと増やしていくという手法を採るんです」
その会話を軸としたマーケティングが、すなわちカンバセーション・マーケティングというわけだ。マス・マーケティングの場合は膨大な金額の広告予算を投じて、テレビや雑誌、新聞などで集中豪雨的に商品を紹介し、一気に知名度を上げるという方法だ。これに対してカンバセーション・マーケティングはイノベーターやアーリーアダプター層に最初に入り込み、その部分で徐々に認知度を高めていって、そこからキャズム越えを狙う。
この典型的な例としては、無印良品の化粧水が有名だ。化粧品の口コミサイト「アットコスメ」を媒介役として徐々に広がり、気がつけばヒット商品となった。「さっぱりタイプ」と「しっとりタイプ」が発売されているこの580円の商品は、発売当初はさほど話題にはならなかった。ところが1年ぐらいの"潜伏期間"ののち、突如としてクチコミが爆発し始める。
「値段も安いし、そんなに期待してなかったけど、想像以上によかったです」「とってもシンプルですが、しっかり潤うのに変な刺激もなくお気に入りです。安いし、たっぷり使えます。刺激も特にありませんでした♪♪」「ほどよく潤うし、ティーンの肌には充分じゃないかなあと思います」
おそらく背景には、環境保護の盛り上がりや、無添加を求める消費者の好みなどがある。それらが化粧品という市場に流れ込んできたタイミングもあり、アルコール無添加で無香料・無着色・無鉱物油、しかも低価格で、無印良品というブランドの信頼感もあるこの化粧水の盛り上がりへとつながっていったのだったろう。
しかしこの無印良品化粧水では、クチコミのコミュニティが可視化された状態で組織されていたわけではない。アットコスメではクチコミが500万件以上も蓄積され、この無印良品化粧水だけでも2000件以上のクチコミが書き込まれているが、しかしこれらは友人同士のつながりではない。
アットコスメでは、ユーザーとユーザーの可視化されたつながりではなく、ユーザー同士が「自分の肌の特質」を媒介にして間接的につながるという構成になっている。つまりクチコミで評価されるのは、「自分の友達のA子ちゃんがこの商品を評価しているから」ではなく、「自分と同じ年齢、自分と同じ肌質の人が、この商品を推薦しているかどうか」ということなのだ。化粧品というのはビッグビジネスではあるが、しかし大量生産大量販売の商品ではない。女性ひとりひとりで年齢や肌質は異なっているため、こうしたクチコミマーケティングが有効に作用しやすい。そしてこの化粧品という分野におけるマジックミドル圏域は、友人同士のつながりとしてではなく、肌質を媒介にした可視化されないコミュニティとして成り立っている。
なぜなら、同じ趣味志向の人たちをうまく集約するためには、リアルの人間関係は単なる障害物でしかないからだ。リアルで仲の良い友人だからといって、同じ趣味志向であるとは限らない。親しい友人がまったく自分と好みの異なる音楽や小説を愛好しているというようなケースは、どこにでもある。だから同じ趣味志向の人たちを集約させようとすれば、リアルの友人関係は排除し、あくまでもその「趣味志向」の中身によって判断しなければならない。どこの誰かはわからないけれども、しかしその「どこの誰か」はあなたと同じ趣味を持っていて、ともにマジックミドル圏域を形成する「仲間」となりうる。
しかしこうした可視化されないコミュニティにおいては、そのコミュニティの全体像が見えているのは、コミュニティを運営している企業の側だけだ。これはつまりAmazonの協調フィルタリングに基づくレコメンデーションと同じようなものであって、ユーザーを主体としたイノベーションの発生源にはならない。
そうなると、ここでひとつの課題が立ち上がってくる。つまり「つながりを可視化し、ユーザーみずからがコミュニティの全体像を見えるようにする」ということと、「同じ趣味志向の人たちがひとつの目的に向かって集約していく」というなかなか両立しがたい二つの方向性を、統合しなければならないということだ。
次回は引き続きAMNの話から、この統合の可能性について考えていこう。
佐々木俊尚の「ウィキノミクスモデルを追う」
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