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佐々木俊尚の「ウィキノミクスモデルを追う」

いま劇的な変動期を迎えつつある<集合知ープロダクト>モデル=ウィキノミクスモデルを追う。

来るべきWeb3.0の世界

2008年2月26日

(これまでの 佐々木俊尚の「ウィキノミクスモデルを追う」はこちら

  前回、情報流通プラットフォームがブラックボックスになってしまっている現状を書いた。「情報の粘着性」仮説においては、情報が存在している場所こそがイノベーションの発生源となる。だがWeb2.0の世界では、情報の流通を司っているのはアマゾンやグーグルなどのプラットフォーム企業であり、これら企業に情報が集中する。従ってイノベーションは、プラットフォームに集中していくということになる。

 Web2.0の世界においては消費者は自分が何を欲しているのかはもちろん知っているが、他の消費者が何を求めているのかは知らない。メーカーは、アマゾンやグーグルなどのプラットフォーマーに遮られて、直接消費者と対話することができない。だからやはりニーズの情報は持つことができない。すべての消費者がすべてのメーカーの商品をどう購入しているのかという情報を知っている、流通部分を握っているプラットフォーム企業こそが、すべての情報を握り、自動的にイノベーションも生み出していくというわけだ。

 このブラックボックスを破壊し、プラットフォームにおける情報流通を、可視化できたらどうなるのだろうか? そこで情報の粘着性は弱まり、イノベーションが起きる場所は移動可能になるのだろうか? 実際のところ、最近言われるようになったソーシャルメディアやパーソナライゼーションなどといった試みは、ウィキノミクス的観点から言えば、この部分の情報流通を消費者に可視化させてしまおうという企てにほかならない。

 ソーシャルメディアとパーソナライゼーションは、単語だけを取り出して見てみると、別の方向の話のようにも見える。ソーシャルメディアはご存じのように、人間同士のつながり(最近はこれをソーシャルグラフと呼んでいる)をベースにしてさまざまな情報を流通させるという仕組みだ。そしてパーソナライゼーションは、これまで不特定多数向けに提供されていた最大公約数的な情報を、ひとりのユーザーの属性や行動履歴をもとにしてそのユーザーに最適なかたちに集約させるという仕組みである。そうやって説明すると方向はたしかに逆なのだが、しかし一方で、情報の流通を可視化させるため、情報アクセスのコンテキスト(背景)を絞り込んでいくという意味においては同じ方向性でとらえることも可能だ。

 もう少し別の切り口で説明してみよう。人が情報にアクセスするとき、その情報を求めるという行動のコンテキストはどこに求められるのだろうか。たとえばある日私が、「医療崩壊」というキーワードについて情報を探したとする。なぜ私は、医療崩壊について調べようと思ったのか。

(1)テレビや新聞で、医療崩壊の現状について報道され、それで興味を持った。
(2)同じ会社の同僚が、医療崩壊について「これはわれわれの仕事にも関係するかもしれないから、きちんと情報を押さえておいた方がいいんじゃないかな」と言ったので、調べておくことにした。
(3)私の妻が夕食の席で「最近は医療崩壊で、産婦人科にかかることができなくなったりしているらしい」と話した。それで気になって調べた。
(4)以前からこの問題については興味を持っており、継続して調べている。
(5)そもそも私は医師で、医療崩壊問題については知っておかなければならない。

 この中で(1)は、マスメディアからの影響である。そして(2)と(3)は、マスメディアほど圏域は大きくないけれども、自分の周囲にいる人たちからの影響によって情報を調べようとした場合。(4)は私の行動履歴に基づいた情報アクセスであり、(5)は私の属性に基づいた情報アクセスである。これらをもう少し整理すると、以下のような並びになる。

公共圏(マスメディア) 最大公約数的情報
仲間圏(ソーシャル) 同じ情報共有圏域に存在する人たちと共有される情報
個人圏(パーソナライゼーション) 行動履歴、属性に基づいた的確な情報

 この三つの圏域は、多重円となってユーザーの周りを取り巻いている。「仲間圏」は正確に言えば、必ずしもお互いに顔を見知っている友人だけを指すとは限らない。たとえばアマゾンのオンラインストアでは、どこの誰かはわからないけれども、しかし私と購買行動の似ている人たちの購買履歴と私の購買履歴を協調フィルタリングという技術によって比較し、「この商品を購入した人は、こんな商品も購入しています」というレコメンデーションを行っている。これも仲間圏というコンテキストに基づいた情報アクセスのひとつだ。

 このような多重円をイメージしていただければ、情報アクセスのコンテキストという切り口においては、パーソナライゼーションとソーシャルメディアは同じ方向性、同じ土俵で語られるべきアーキテクチャであるというのが理解できたのではないかと思う。

 そしてこれら多重円化した情報アクセスコンテキストは、情報の流通をユーザーに対して可視化させることにもなる。なぜならこのようにして情報アクセスのコンテキストを確認するという作業は、すなわち分散していた情報をユーザー(私)のもとに再集約させる仕組みでもあり、つまりはWeb2.0の世界でフラット化し拡散していた情報を、再びシステムによって拾い集めて、私のもとに結集させることになるからだ。この情報の再集約の仕組みを、Web3.0という言葉で説明している人もいる。たとえばこのウェブ3.0の姿をつかめ:何がキモになるのか?というCNETの記事などがそうだ。

 いずれにせよ、再集約された情報は、少なくとも私にとってはすべてが可視化され、透明になる。これまでプラットフォーム企業だけが握っていたニーズ情報が、私の圏域にも流れ込んでくるわけだ。もちろん他人のニーズ情報は全面的には私のところにはやってこないけれども、しかし先の多重円モデルで言えば、私の外側のすぐ近いところにいるソーシャルネット(たとえば同じ会社のプロジェクトチームの同僚、家族、恋人などの狭い人間関係)のニーズ情報は、私のところにやってくる。多重円の中心に近い部分はある程度透明化され、私の圏域において可視化されることになるのだ。

 Web2.0で情報がどんどん拡散していった世界では、その拡散していく情報の場を司っていたプラットフォーム企業が、情報を握っていた。情報の粘着性仮説で言えば、これらプラットフォーム企業のところに情報はまつわりついていたのである。しかし来るべきWeb3.0の世界では、情報はユーザーに向かって再度集約を開始し、ユーザーのところにかなりの量の情報が集まってくる。となってくると、この世界において情報を握るのは、ユーザー個人ということになるかもしれない。情報の粘着性仮説を再び使わせてもらえば、すなわちこのユーザー個人という場にニーズ情報は集約され、この個人がイノベーションの発生源になるかもしれないのだ。

 私は先日、書籍の取材でニフティの佐藤寛次郎さんに会った。プロフィールサービスの「アバウトミー」を担当している彼は、こんな話をしてくれた。

 「今後の可能性としては、ブログのネットワーク化っていうのがすごく個人的にも興味があります。そこが昔のニフティサーブのパブリックなフォーラム掲示板とは異なっていて、同じセンスや同じ感性、同じにおいを持つ人同士がつながることのできる場というのは、ひょっとするとイコールリアルなのかもしれません。そのリアルをつなげるのは、企業とコンシューマーをつなぐことのできるニフティのような会社かもしれない。もしニフティがそういう役割を担えれば、ネットワーク化ができると思うんです。すると、企業が一般のコンシューマーのフィードバックを得るために、ニフティに何らかの相談をしてくるっていうイメージになる。そういうことは近い将来起きてくるんじゃないかと思います」

 ソーシャルメディアが、イノベーションの発生源となり、そうしてこの部分でのイノベーションを運営企業を経由させることによって具現化させるというプロセスが、ここでは語られている。次回はこのプロセスの部分について、もう少し詳しく論考していきたい。

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プロフィール

ジャーナリスト。1961年生まれ。大手新聞社で警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人事件や海外テロ、コンピュータ犯罪などを取材する。その後、月刊アスキー編集部などを経てフリージャーナリストとして活躍中。著書に『グーグル Google ─既存のビジネスを破壊する』『ネットvs.リアルの衝突』『フラット革命』など多数。

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