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増井俊之の「界面潮流」

「界面」=「インタフェース」。ユーザインタフェース研究の第一人者が、ユビキタス社会やインターフェース技術の動向を読み解く。

第1回 人力計算のチカラ

2007年6月29日

はじめまして。ユーザインタフェースやユビキタスコンピューティングに関連するシステムの研究や開発をやってる増井俊之です。このブログでは、計算機やネットワークが進化して世の中がみるみる便利になっていく今日このごろのインタフェースのトレンドを紹介していきたいと思っています。

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ブログや2ちゃんねるの炎上を見るにつけ「この元気な力を発電か何かに使えないか?」と思うことがよくあります。地球に現存する技術では2ちゃんねるパワーを発電に使うのは難しいでしょうが、人力パワーを有効活用する方法はいろいろ考えられそうです。インターネットで全世界の計算機が接続されたことによって無限の計算パワーが利用できるようになりつつあるのは間違いありませんが、ネットによって接続された全人類の力も同時に利用できるようになったことはそれ以上に革命的なことかもしれません。

機械でもできることに人力パワーを使うのは勿体ないので人力パワーは人間にしかできないことに使うべきでしょう。パターン認識や自然言語処理のように、機械よりも人間の方が得意な仕事は沢山ありますし、創造的活動はまだまだ計算機にはできません。書評を書いたりレストランの評判を投稿したりすることはいつまでたっても計算機には無理でしょう。このような人間の情報処理能力をネットを使って有効利用する様々な手法が最近増えています。

例えば、人間には読めるけれども計算機には読むのが難しいような文字画像を使って人間かどうかを判別するCAPTCHAというシステムが最近広く使われるようになってきました。下のような画像の文字を人間は簡単に読むことができますが、計算機で認識することは難しいので、読めた人間にだけ投稿を許すことによって自働SPAM投稿の拒否などに利用されています。

captcha.png

CAPTCHAは人力パワーの消極的な応用といえるでしょうが、人力パワーを積極的に使うreCAPTCHAというシステムも提案されています。計算機でうまく文字認識できない文字画像をなんとか読みたいとき、その画像および計算機が生成した普通のCAPTCHA画像のふたつを認証システムのユーザに提示して両方の文字列を入力させます。計算機が生成したCAPTCHA画像を読むことができたユーザならば、計算機が読めなかった画像もちゃんと読めた可能性が高いですから、人力パワーで画像認識をさせることに成功したことになります。認証作業1回につき1単語しか人力認識できませんが、世界中の人間がこの作業を行なえばかなりの効率になるはずです。

計算機は書評を書いたりレストランの評判を投稿することはできませんが、そのような結果をまとめて計算することは得意ですから、他人の評価をもとにして自分が欲しい情報を取得する協調フィルタリングシステムが広く使われるようになってきました。例えばAmazon.comで本を検索すると「この商品を買った人はこんな商品も買っています」という情報が表示されます。これはAmazon.comで本を買った人の購入行動(人力パワー)をうまく情報として利用していることになります。私が運営している本棚.orgというサイトではユーザが自分の作った「本棚」に自由に本を登録することができるようになっており、登録情報を利用した「本棚演算」によって本や本棚の関係を計算することができます。Googleが採用しているページランクは、他ページを評価するという人力パワーが最も有効に利用されている例かもしれません。書籍やWebページの中身を解析するだけでなく、人力による付帯情報を重視すると効果的な検索ができるという事実は人力パワーの有効性の証明になっているといえるでしょう。

本を買ったりリンクを貼ったりするといった単純なユーザ行動を沢山集めることによって重要な情報が出現するわけですから、もっと広範な人間の行動データを集めることができれば応用はさらに広がるはずです。あらゆる行動が自動的に収集されて解析されるのは誰でも嫌ですが、明示的に発信した情報が共有して有効活用されるのであれば大丈夫でしょう。写真や動画にタグをつけたりソーシャルブックマークを利用したりする積極的な行為や「炎上」「祭り」でさえもじゃんじゃん人力パワーとして利用したいものです。Googleが発見したような隠れた応用はまだまだ有るに違いありません。

人力パワーをもっと積極的に使う方法もいろいろ考えられます。例えば何かのシステムのテストを行いたい場合、それをWebで公開して多数の人間に使わせることにより、大量のテストを効率的に実行することができます。最近はリリース済なのかユーザテスト中なのかわからないシステムすらあるようです。mixiは「β」と書いてあるところを見るとまだテスト中のようですが、1000万を越える人間の人力パワーをフル活用してユーザテストを行なっているというのはなかなか壮大な話だと思います。頻繁にアップデートが要求されるOSも永遠にテスト中なのかもしれません。

ネット上の暇人に有益な仕事をしてもらう方法も考えられます。私は変な日本語を見ると直したくなることがあるのですが、変な英語を見ると直したくなるお節介なアメリカ人もいるかもしれませんから、こういう人間の衝動を利用した英文自働校正システムができる可能性があります。作りかけのプログラムやアイデアを置いておくと自動的に完成するシステムすらできるかもしれません。そんな都合の良い話は一見ありそうに思えませんが、間違いが書かれたWikiページは「こびとさん」が勝手に直してくれるものだと言われていますし、人力パワーはあなどれないものです。全人類を巻き込んだ人力計算力はまだまだ未知数です。これまで考えられかったような人力パワーの炸裂に期待したいと思います。足りなくなれば犬力パワーとかも...

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プロフィール

1959年生まれ。ユーザインタフェース研究。POBox、QuickML、本棚.orgなどのシステムを開発。ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Apple Inc.など勤務を経て現在慶應義塾大学教授。著書に『インターフェイスの街角』などがある。

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