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小島寛之の「環境と経済と幸福の関係」

数学エッセイストでもある経済学者が、経済学の視点から、環境問題、そして人の幸福 について考える。

最終回 バブルはなぜ起きるのか?〜バブルの合理性

2008年3月31日

(これまでの 小島寛之の「環境と経済と幸福の関係」は こちら

  前回は、「バブルの何がマズイのか」について解説した。バブルが生じても、それだけではマクロ経済には何の影響も与えない。ただ、国民の間での資産の分布のあり方を変えるだけである。しかし、バブルが何らかのメカニズムによって、国民にある種の「錯覚」を生じさせ、最適な消費や資本蓄積から逸脱させた場合、それはマクロ経済に大きな爪痕を残すことになる、そういうことだった。

 このブログの最終回にあたる今回は、このような「災厄」であるバブルが、どうして起きるのか、そこに何らかの合理性はあるのか、それを考えてみることにしよう。

 まず、資産価格がどう決まるべきか、ということについて、標準的な理論を紹介する。それは、「資産価格の裁定方程式」と呼ばれる方程式を満たすように決まる、というものである。「資産価格の裁定方程式」とは以下のような式である。

(インカムゲイン)+(キャピタルゲイン)=(資産価格)×利子率  ・・・(1)

 ここで、「インカムゲイン」とは、資産がもたらす実際的な収益のことであり、株なら配当、土地ならレンタル料等々となる。「キャピタルゲイン」とは、資産価格の高騰によってもたらされる「値上がり益」のこと。この式が成立するのは、半ばあたりまえである。左辺が資産を単位期間保有するで得られる総収益であり、右辺は、仮にその資産を購入せずに同額を銀行預金や国債などで運用した場合に得られる利子収益である。もしも、一方が他方より大きいなら、そちらに資金が殺到してしまうので、需要供給による価格の調製が生じる。だから、均衡では両方の収益が一致しなければならないから、等号が成り立つのである。

 この方程式をもうちょっと数理的に書くなら、次のようになる。今、資産は株であるものとし、今期の「予想」配当をd、今期の価格をp、来期の「予想」価格をq、(国債などの一般的な)利子率をrとするなら、(1)式は、
d+(q−p)=p×r   ・・・(2)
と表されることになる。

 この方程式(2)の読み方で重要なのは、pという「現在の」株価を決める式だ、という点である。つまり、「現在の」株価pは、「将来の」配当dや「将来の」株価qという「予想値」によって決定される、ということである。それを明確にするように(2)式を書き直すと、
p=(d+q)÷(1+r) ・・・(3)
となる。要するに、株価の場合、現在が未来を決めるのではなく、「未来が現在を決める」、ということなのだ。このことを、天才投機家のジョージ・ソロスは以下のように言っている[*1]。

「問題になるのは将来のファンダメンタルズである。株価が反映しているはずのファンダメンタルズは前年度の収益、バランスシートおよび配当ではなく、収益、配当および資産価格の将来の動向である。この将来の動向は所与のものではない。したがってそれは知識の対象ではなく、推測の対象である。重要な点は、将来のことがらはそれが起きる時点では、その前に行われた推測によって影響を受けてしまっているということである。その推測は株価に表れ、そして株価はファンダメンタルズに影響を与えることができる」

 さて、株価の変化が方程式(2)を満たす場合は、そのような価格形成はある意味で「合理性」を持っている、ということができる。例えば、ある株の配当が毎期10円であるものと仮定しよう。また、利子率も10パーセントに固定しておく。このとき、この株の価格が、ずっと100円である、というのは方程式(2)の解となっている。実際、d=10円、r=0.1を代入してみると、「資産価格の方程式」(2)は、次のように書ける。
q=p×1.1−10 ・・・(4)
価格がずっと100円(つまり、100円→100円→100円→・・・)はこの(4)式を満たしている。これは、キャピタルゲインの生じない解で、「ファンダメンタルズ解」と呼ばれ、最も「正常な」解だと考えられている。つまり、この株の価格は100円であるのが適性と言えるわけだ。しかし、(4)を満たす解は他にも無数にある。例えば、(1100円→1200円→1310円→・・・) という価格変化も方程式(4)を成立させる。実際、1100を(4)の右辺のpに代入すると、左辺にq=1200が得られ、再び右辺でpに1200を代入すると、左辺でq=1310が得られる、という具合になっている。これは、価格がねずみ算式に膨張していくので「バブル解」と呼ばれる。価格が無限に大きくなりうるので、そういう意味では「不合理」であるのだが、「資産価格の方程式」を満たしている、という意味では「合理的」なのである。

 このような「バブル解」が現実の価格形成として実現されるためには、マクロ的なコンセンサスが必要である。つまり、今日、1100円という株価が成立するためには、「この株を明日1200円で買ってくれる人が存在する」ということがコンセンサスでなければならない。また、「この株を明日1200円で買ってくれる人が存在する」ということがコンセンサスになるためには、「この株をあさって1310円で買ってくれる人がいる」ということも今日のコンセンサスでなければならない[*2]。なぜなら、株価は未来の推測から決まるからである。

 しかし、このように考えると、「かなり先のほうでは、価格は天文学的に高くなっている」ということも現在のコンセンサスでなければならなくなる。だから、人々が、「このような推測はばかげていてコンセンサスになりえない」、と思うのであれば、このような「バブル解」は存立しえない、あるいは実現されない、ということになるだろう。

 とはいっても、人はそんなに遠く先までの推論を積み重ねて現在の行動を決定するものであろうか。もしも「誰も遠く先の推論についてのコンセンサスの存立なんて気にしていない」ということが、別の意味でのコンセンサスであるとするならば、少なくとも少し先までの株の買い手の存在に関するコンセンサスは築けることになるであろう。もしそうなら、バブルは膨らみ得るかもしれない[*3]。「誰かがジョーカーを引くにしても、それは自分ではない」と全員が考えるなら、バブルという名の危険なロシアン・ルーレットはにわかに合理性を帯びることになるのだ。

 だが、残念ながら、バブルがはじけた瞬間、その災厄は国民全員を巻き込むことになる。それは、バブルが最適な経済行動を阻害し、また、そのような経済行動の誤謬が個人だけのものではすまないからである。なぜなら、経済というのは、全国民を緊密にリンクさせているため、誰一人としてそこから独立でいられないからだ。

 一年弱にわたって連載して来たこのブログも、今回で終わりになります。長い間のご愛読、ありがとうございました。

******
[*1] ジョージ・ソロス『グローバル資本主義の危機』日本経済新聞社
[*2] 裁定方程式というのは、裁定行動によって価格調整が起きることが前提となっているので、集団的なコンセンサスが必要なのである。
[*3] このことのもう少し数理的な説明は、拙著『サイバー経済学』集英社新書を参照のこと。

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プロフィール

1958年生まれ。帝京大学経済学部経営学科准教授。数学エッセイスト。著書に『サイバー経済学』『確率的発想法』『文系のための数学教室』『エコロジストのための経済学』などがある。

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