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増井俊之の「界面潮流」

「界面」=「インタフェース」。ユーザインタフェース研究の第一人者が、ユビキタス社会やインターフェース技術の動向を読み解く。

第47回 じっくりとあっさり

2010年9月14日

(これまでの増井俊之の「界面潮流」はこちら

操作の時間によって挙動が変わるインタフェースは一般には推奨されていません。装置の使い方に慣れていない人がゆっくり操作したときうまく動かないようなことがあると困るからです。このため、普通のパソコン操作ではマウスボタンを速くクリックしてもゆっくりクリックしても動作は変わらないようになっています。

ボタンの数が少ない機器では、ボタンの長押しに特別な機能を割り当てているものがありますが、割り当てられた機能と長押し動作との関係を覚えることが難しい場合は使いにくく感じられます。

「#」キーを長押しするとマナーモードになる携帯電話がありますが、「#」の長押しとマナーモードの関係を直感的に覚えることは困難です。また、Windowsのシフトキーを長押しすると「フィルタキー機能」が有効になってキーの高速操作ができなくなるようになっていますが、この機能はキー割り当ても解除方法もわかりにくいうえに、うっかりシフトキーを押してしまってこのモードに入ってしまう危険もあるため、かなり疑問が多い仕様だといえるでしょう。

一方、キーやボタンの長押しがうまく利用されている場合もあります。キーを押しっぱなしにするとキーの文字が連続入力される「キーリピート機能」はよく使われていますし、電源ボタンを長押しすると完全に電源をオフにする機能は様々な機械で受け入れられています。これらの機能は気合いを入れたいときは長押しするという感覚と結び付いているので覚えやすいように思われます。

気合いを入れて何かを操作したいときはじっくりと操作を行ない、そうでない場合はあっさり操作することによってシステムの挙動を変化させるやり方は有効なことが多いと思われます。

気合いによる動作の変化

操作の気合いによってシステムの挙動を変える方法はいろいろ考えられます。

じっくり操作すると繰り返す

キーをじっくり押したときキーが連続入力されるキーリピート機能は、現在ほとんどのパソコンで標準的に実装されているため、ほとんどのパソコンユーザにおなじみになっています。同じ文字を沢山入力する場合やカーソルの移動などで活用されていると思われますが、それ以外の場合でも有用なことがあります。

同じ操作を2度繰り返した後で「繰り返しキー」を押すことによって、繰り返された操作を再実行することができるDynamic Macroというシステムを私は愛用しているのですが、繰り返しキーをじっくり押し続けると、キーリピート機能のおかげで繰り返しキーが連続入力されるため、キーを押し続けているだけで何度も同じ操作を連続実行することができます。たとえば連続する2行を字下げした後で繰り返しキーを押し続けると、後に続く行がどんどん字下げされていくことになります。

「じっくり操作すると操作が繰り返される」という感覚はかなり共通に利用できるようです。

じっくり操作すると実行レベルが変わる

多くの携帯電話では、電源キーをあっさり押すと実行中の操作がリセットされ、じっくり押すと完全に電源が切れるようになっています。この場合、あっさりしたキー操作に対応する機能とじっくりしたキー操作に対応する機能が似ており、じっくり操作によって完全に機能が実行されたという感覚が得られています。

あっさり操作するとそれなりに/じっくり操作すると完全に/処理が行なわれる対応は感覚的に理解しやすいと思われます。

じっくり操作すると太くなる

筆圧を検出できるペンタブレットを使うと、筆圧に応じてペンの太さを変化させながら筆のように線を描くことができますが、筆圧を検出できないタブレットでも、ペンを動かす速度によって描く線の太さを変化させることにより、筆のように線を描くことが可能になります。

渡邊恵太氏が提案した味ペンをはじめ、様々なシステムが提案されています。


「味ペン」

じっくり操作すると精度が良くなる

精度が重要な場合はじっくり操作を行なうことが多いでしょうから、操作の速度によって各種の精度を変化させる手法が考えられます。

室蘭工業大学の佐賀聡人氏は、じっくり図を描いたときはきめ細かな図を描くことができ、高速にあっさり図を描いたときは円や矩形のような標準的な図を描くことができるファジィスプライン曲線による描画システムを提案しています。

また、以前「スクローリングの小細工」として紹介したシステムでは、スライダやスクロールバーをじっくり操作したときは細かい制御を行ない、あっさり大きく操作したときはおおまかな制御を行なうという工夫をしていました。このように、操作を行なうときの気合いに応じて操作の精度を変化させるという手法は図形の編集作業で有効だと思われます。

気合いに応じて検索の精度を変化させる方法も考えられます。たとえば、入力する速度に応じて予測入力システムの曖昧検索レベルを変化させるようにすると、「mdtrn」と高速に入力したときは「Mediterranean」や「Middle Western」のような候補を提示し、じっくり入力したときは「Mdtrn」「mdtrm」のような入力どおりの候補だけ表示することができるでしょう。

じっくり操作すると編集できる

私が運営しているWikiシステム「Gyazz」では、表示されている行をクリックすることによりWYSIWYG的にテキストを編集できるようになっています。下図の1行目のような普通のテキスト行を編集する場合は問題無いのですが、2行目のように他のページへのリンクが定義されている場合、普通にクリックするとリンク先ページにジャンプしてしまうため編集することができません。

そこで、Gyazzでは気合いを入れて行をクリックすると編集モードになるという方法をとっています。2行目をクリックした後、しばらくマウスボタンを押したままにしておくと、以下のように行が編集モードに変化します。

このような仕組みはGyazzでしか利用できませんが、気合いを入れてクリックすると編集可能になるという仕様に馴染んでしまったため、普通のWebページでもうっかり気合いを入れながらテキストをクリックしてしまうことがあるほどです。気合いを入れてクリックすることによりモードが変わるというインタフェース手法は他にも応用が可能でしょう。

操作の時間や圧力を微妙に制御することは難しいのですが、じっくり/あっさりの2種類程度であればうまく利用できる機会が多そうです。

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プロフィール

1959年生まれ。ユーザインタフェース研究。POBox、QuickML、本棚.orgなどのシステムを開発。ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Apple Inc.など勤務を経て現在慶應義塾大学教授。著書に『インターフェイスの街角』などがある。

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