第33回 電子工作再発見
2009年7月14日
(これまでの増井俊之の「界面潮流」はこちら)
雑誌が売れないという話を最近よく聞きますが、O'reillyのオタク系工作雑誌「Make」は好調です。毎年アメリカ各地で開催される「Make Faire」はマニアが集合して大変なことになっていますし、日本で開催されている「Make Tokyo Meeting」も盛り上がっています。電子工作やアマチュア無線は古い理系男子の定番的な趣味のひとつでしたが、パソコン世代の若者の間でも計算機に関連した電子工作が最近また流行しつつあるようです。パソコン本体も周辺機器も標準化が進んでしまった現在、標準からはずれた妙なハードウェアを新しいと感じる若者が多いのかもしれません。電子工作の聖地秋葉原も、萌え系ショップが増えてきたとはいえ、昔ながらのパーツ屋はまだまだ健在ですし、全体的に昔より部品が安くなっている気がします。
Phidgets
Phidgets.comではパソコンにUSB接続できる様々なセンサやアクチュエータを販売しており、これを使うと第7回の記事で紹介した「気合いブックマーク」のようなシステムを簡単に作ることができます。この程度のものであれば「工作」はほとんど必要なく、圧力センサモジュールをUSB経由でパソコンに接続するか、圧力センサ素子をアナログ入力端子に接続するだけで実装することが可能です。現在、様々な種類のセンサやサーボモータがPhidgets.incから販売されており、Java、Pythonなど様々な言語でプログラミングすることができます。
Phidgetsはパソコン上で手軽に使えるセンサとして大変便利なのですが、センサとパソコンをUSBで接続する必要があるので沢山のセンサをいろいろな場所に置くといった用途には向いていません。またソフトウェア開発環境を別途用意する必要があるのはちょっと面倒です。
Arduino
最近の電子工作界で特に注目されているのが「Arduino」や「GAINER」などの手軽に使えるワンボードマイコンです。ArduinoはAVRというCPUを搭載したワンボードマイコンボードで、Processingと同様のGUI開発環境を利用してパソコン上でプログラミングを行ない、USB経由でボードにプログラムを転送して実行することができます。AVR上にプログラムを書き込んだ後はパソコンが無くてもボード単体で動作しますし、プログラムを書き込んだAVRチップだけ取り外して別のボードで利用することもできます。チップのアナログ入出力端子に接続した各種のセンサを利用できますし、無線通信ボードやイーサネットボードを接続すれば外部と通信することもできますから、いろいろな場所に置いて簡単に利用することができます。
マイコン電子工作が流行る理由
組み込みマイコンは炊飯器から自動車まであらゆる機器で何十年も利用されていますし、PICやAVRのようなワンチップマイコンも技術者の間では広く利用されています。また、秋葉原の秋月電子通商などではPICやAVRの一般向けキットを長年販売してきていますが、あくまで専門家やマニアの間で利用されていただけであり、一般の計算機ユーザにはほとんど使われていませんでした。しかし以下のような理由により、マイコンに関する専門知識が足りない人でも簡単にこのようなシステムを利用できるようになってきました。
- ハードの敷居が下がった
ArduinoボードはUSBケーブルでパソコンに接続するだけで利用できますから、これだけを使う場合は全く工作の必要がありません。Arduinoボードは3000円程度で販売されていますし、クローンシステムはさらに安価なので値段の点でも手軽です。Arduinoボードでプログラムを書き込んだ後はCPU単体で動かすことができますが、AVRのCPU単体(Atmega168)は300円、半田付けせずに回路を組めるブレッドボードは150円で購入できますから、このような部品を富豪的に使っていろいろな実験をすることができるでしょう。
プロトタイプ回路を作るためのブレッドボードは昔は高価なものでしたが、最近は半田付けが必要なユニバーサル基板よりも安いぐらいですから、ブレッドボード配線のまま使い続けても問題がありません。 - ソフトの敷居が下がった
Arduinoの場合、ソフトウェア開発に必要なのは無料で利用できるArduino IDEひとつだけで、プログラムの編集/コンパイル/転送などのすべてをひとつの環境で実行することができます。コンパイラ、エディタ、転送プログラムなどを自前で用意することに比べると手軽さが段違いです。 - ユビキタスコンピューティングへの期待
ハードやソフトがいくら簡単になったとしても使いみちが無ければ流行らないでしょう。ユビキタスコンピューティングの概念が浸透し、また様々な便利なWebサービスが使えるようになったことによって、手軽なハードウェアを利用してWebサービスを活用することのメリットが実感されるようになってきたのだと思われます。
mixiでは、コーヒーが入ると「萌香たん」がTwitterに投稿して知らせてくれるようになっているそうです。「萌香たん」は、実はコーヒーメーカーのLEDの状態を観測する光センサを接続したAVRマイコンを使ってTwitterに自動投稿するシステムで、簡単な電子工作によって実世界とWebサービスをうまく結び付けた好例といえるでしょう。ちょっとしたハードと強力なWebサービスを組み合わせれば、気のきいたサービスを沢山作ることができそうに思われます。
Web上のサービスによってあらゆる情報を検索できるようになったように思われますが、個人的に重要な情報は今のところネットで検索することはできません。「自宅の戸締まりはきちんとしているか」「冷蔵庫にビールが冷えているか」といった大事な情報をGoogleは教えてくれません。しかし、ちょっとした電子工作をすれば、このような情報にアクセスすることができるようになります。ユビキタスコンピューティングの実現には必ずしも大がかりなインフラが必要ではありません。手軽な電子工作による安価なPoor Man's UbiComp(PMUC)から始めてみるのがよさそうです。
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増井俊之の「界面潮流」
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