第25回 ユーザは使いよう
2008年7月22日
(これまでの増井俊之の「界面潮流」はこちら)
近年のユーザインタフェース開発では「ユーザ中心設計」(User-centered Design)を行なうことが常識になっています。システム設計者の思い込みにもとづいて作られたシステムがユーザにとって使いやすいものになる可能性は低いですが、設計の初期段階からユーザの欲求についてよく検討し、設計の途中段階においても実際にそれが使いやすいかどうかテストを行ないつつ開発を行えば、本当にユーザにとって使いやすいシステムを開発することが可能になります。
ユーザビリティの専門家のJakob Nielsenは以下のような5個の要素を使いやすさの目標としてあげています。
1. 学習しやすさ (Learnability)
2. 効率 (Efficiency)
3. 記憶しやすさ (Memorability)
4. エラー (Errors)
5. 満足度 (Satisfaction)
システム作成者としては、システムの作り易さや美しさなども指標にしてもらいたいところですが、ユーザ中心設計ではそのような開発者の都合は関係ありません。
■ユーザによる設計
ユーザ中心設計という考え方は現在深く浸透しているので、このような方針に対して異を唱える開発者はいないと思われますが、開発にあたって具体的にユーザをどう使うかについては誤解があることもあります。ユーザ中心なのですから、ユーザの望むものをそのまま作ればよさそうに思われますが、ユーザは自分が何を望んでいるのかわからないのが普通であり、基本的な仕様に関してユーザに意見を求めることはできません。GUIがまだ発明されていなかった頃、どんな入出力装置が欲しいか誰かに質問したら、打ちやすいキーボードが欲しいといった意見が返ってくるでしょう。キーボードを使わずにプログラムを実行する方法など皆目わからないからです。また、Webがまだ存在しなかった頃のユーザを集め、計算機を将来どんなことに使いたいか聞いたとしても、ブラウザやブログが欲しいという意見が出ることはありえません。優れたデザインで人気があった初代iMacにはフロッピードライブが搭載されていませんでしたが、フロッピードライブが必要かどうかと当事のMacintoshユーザに質問すれば、ほとんどのユーザがフロッピーはやっぱり欲しいと答えただろうと思われます。
ユーザが求めるものを設計して作ることは非常に重要ですが、どういうものをどういうデザインで作るべきかについてユーザの意見を求めてはいけません。本当に新しく便利なものを作るためには開発者やデザイナが知恵を絞って試行錯誤する必要があり、普通のユーザにいくらアンケートをとっても無駄です。
■Steveの頭の中
Steve Jobsの考え方について書いた「スティーブの頭の中」(Inside Steve's Brain)という本に、以前のApple社長だったJohn Scullyのインタビューが載っています。Scullyによれば、Jobsは常にユーザのことについて考えているのだけれども、「マーケティング」などと称して「ユーザの声」を聞いたり評価を行なったりすることはなく、「グラフィック計算機を見たこともないような奴等にGUIについて聞くなんてありえないだろう」と言っていたのだということです。芸術家が絵を描くときにユーザグループを作ったりしないのと同じように、Jobsは何が欲しいかユーザに聞いたりしません。その昔、自動車王Henry Fordは「何が欲しいか客に聞いたら、もっと速い馬が欲しいというだろうね」と言ったそうですが、ユーザの意見をもとに新しいデザインを考えることはできません。何かを設計する人は、将来のユーザが満足するであろう新しいインタフェースやデザインを発明する能力が必要なのです。
ユーザに設計させないこととユーザ中心設計を行なうことは矛盾しません。ユーザについてよく考慮しながら専門家が設計を行ない、それに対してユーザが意見を言ったり評価実験を行なったりして、それにもとづいて専門家が設計を修正するというような共同作業が本当のユーザ中心設計です。このためにはユーザと設計者の緊密な意見交換が必要でしょうし、相手の主張に耳を傾ける柔軟な姿勢も必要でしょう。現在、メーカやサービス提供者もなかなかユーザの声を取り入れる余裕が無いことが多いため、このようなユーザを巻き込んだ開発方式がうまくいった例はまだ多くないようですが、ネットワークのおかげでこういった情報交換が以前よりも簡単になってきているわけですから、真のユーザ中心設計にもとづいたシステム開発が今後もっと行なわれてほしいものです。
増井俊之の「界面潮流」
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