第5回 気分の問題
2007年7月27日
何かのよしあしを判断する場合、実際の価値よりも気分の方が問題になることが多いものです。買おうとする自動車が安全かどうか判断しようとする場合、安全度を示す各種の数値も大事ですが、なんとなく感じられる車体の安全感の方が重視されるでしょう。飛行機事故に逢う確率よりも自動車事故に逢う確率の方がはるかに高くても、地上の方が安心感があるので飛行機の方が怖がられるものです。何かを買う場合、実際の値段よりも割安感が重視されることが多いようです。1杯1000円のコーヒーは高すぎると感じるでしょうが、パソコンが1万円ならば安いと感じられます。このように、実際の数値よりも気分の方が重要に感じられることは多いといえるでしょう。
セキュリティシステムの場合も安心感が重要です。ギザギザの多い鍵はいかにも安全そうに見えますし、記号を羅列した長いパスワードはいかにも破られにくそうな感じがするものですが、ギザギザな鍵でもピッキングで簡単に開いてしまうことがありますし、複雑なパスワードでも管理が悪ければ意味がありません。本当に安全かどうかは関係なく、なんとなく安全感が感じられるシステムならばユーザは喜んで使うものです。強力な暗号も弱い暗号も複雑感は同じようなものに見えるので、強い暗号の利用をいくら推奨してもなかなか使ってもらえません。
計算機の使いやすさを判断するときは、実際の作業効率よりもユーザの満足感の方が重要です。多くのアプリケーションにおいて、メニュー項目として用意されている機能は大抵キーボードショートカットとしても用意してあり、マウスを使って呼び出すことも特定のキーを叩いて呼び出すこともできるようになっているのが普通です。メニュー操作は遅いけれども初心者でも使えるのに対し、熟練ユーザが効率良く使うためにキーボードショートカットが用意されているのだと一般に信じられていますが、Macintoshのインタフェースを開発したことで有名なBruce Tognazzini氏 (Tog)が昔Appleで沢山の実験を行なった結果、常にキーボードショートカットはマウス利用よりも遅いということが判明したそうです。「そんな馬鹿な! 複雑なマウス操作がキーボード操作より速いわけがない!」と思う人は多いでしょうし、実験に参加したユーザ自身もキーボード操作の方が速かったと感じていたそうですが、計測結果を見ると常にマウス操作の方が速く、いくら実験してもこの結果は変わらなかったということです。Togの考察によれば、ショートカットキーの利用には高次レベルの思考が必要になっており、そのときユーザは一時的に記憶喪失になっているため、短い時間で操作できたように錯覚してしまうのだろうということでした。
Togの実験結果がいつでも成り立つのかは不明ですが、このような結果がいくら示されても、熟練ユーザがショートカットキーを好むという傾向は変わらないでしょう。実際の操作時間がどうであれ、ショートカットキーの方が効率良く仕事してる感がありますし、使いこなしてる感のようなジマンパワーも得られるからです。ユーザにとっては結局このような気分が最も大事なので、操作時間などを客観的に評価した結果にもとづくよりも、好きか嫌いかといった主観を重視してインタフェースを設計する方が望ましいかもしれません。
■気分商法
うっかり勧誘について行くと、会場の雰囲気に飲まれて激しく儲かる感や私にもできる感を植えつけられることがあります。この気分を持続するために定期的に会合を開いて達成感を盛り上げる努力がされていることもあります。困った商法に限らず、普通の小売店も常に割安感を表現する広告を出しているわけで、多かれ少なかれ気分はいろいろな商売で有効に活用されています。
私は昨年米国で新車を買ったのですが、買い手の気分を手玉に取るディーラーの手腕に思う存分翻弄されました。値段の相場は充分調べてあったので本体価格の交渉はスムーズに進行したのですが、価格交渉が終わったという安心感につけこんで、妙な割安感のある保険を勧めてきたり、事故や故障に対する不安感につけこんだサービスプランを執拗に勧めてきたり、気分を操るテクニックの良い勉強になりました。常に正しい論理で判断を行なうことは難しいものです。状況や勘違いにもとづいた、理屈を越えた気分は商売でも詐偽でも大事なようです。
■勘違いの分類
様々な勘違いによって間違った気分を感じてしまうことには注意が必要ですし、逆にこれを利用する可能性を考えるのは意味があるでしょう。人間はどのような勘違いをするものなのでしょうか。
・錯覚
視覚や聴覚の錯覚は勘違いの基本です。錯覚については広く知られているので、単純な勘違いには比較的気付きやすいと思われますが、コリジョンコースのような高度な錯覚もありますから油断はできません。
・統計/確率計算
確率や統計に関する直感はあてになりません。モンティ・ホール問題のように、一見簡単に見えるのに誰もが間違いやすい問題もありますし、滅多に起こらないことに対しては正確に確率を見積もらないと間違った判断をしてしまいがちです。
偶然と必然を混同する勘違いもよくあります。たとえば交通事故のほとんどは偶然に起こるものですが、運転者の心がけに問題があったのだろうとつい思ってしまうことがあるので注意が必要です。東南アジアの某国では電気製品が壊れるのは家の人間に問題があるからだと思われやすいので、電気修理屋さんは客の家の前に車を駐めてはいけないのだそうです。
・時間経過
現在見えている状況については注意深く調べることができる人でも、以前の状況や途中の状況も含めた判断をすることは難しいものです。アハ体験ゲームはこれを利用したゲームですし、エスカレータの右側を空けて歩かせた方が効率が良いと思っている人が多いのもこういう勘違いが原因だと思われます。
・雰囲気
インドの学生が発明したという触れ込みのインチキ圧縮ネタが話題になったことがあります。少し考えるとそんな圧縮率が不可能であることは明白なのですが、インドの不思議感、インドといえば数学だ感などによって、多くの人がインドの学生ならありえるかもしれないと思って騙されてしまったようです。
・因果関係と相関関係
相関関係と因果関係を混同するのは詭弁や勘違いの基本です。Googleの業績と私の体重には相関関係がありますが、これを因果関係だと勘違いすれば、「Googleが調子良いのは私の体重の増加のおかげである」と思ってしまうかもしれません。ここまで極端なものは間違いだということは誰でもわかりますが、微妙に関係がありそうに見える属性に相関関係があるときは、因果関係があるのか偶然なのかの判断に困ることがあります。
ここにあげたものは人間の勘違いのほんの一部です。人間はあまりに多くの間違いをしますから、すべての勘違いを網羅するのは簡単ではありません。kanchigai.comのようなサイトを作って事例を集めてみたいと思っています。
■勘違いの活用
人間の勘違いのパタンは人類の進化を通じて醸成されてきたものですから、何か勘違いしている人に対してそれを指摘して気付かせることは困難です。勘違いが起こると困る場合はそれを避ける工夫が重要でしょうし、役にたつ勘違いの場合はこれを活用すればよいでしょう。たとえば、時間を忘れて議論したがる人がいる場合は、目立つ場所に時計を置いておけば長話を聞かずにすむかもしれません。また、エレベータを待つ時間にイライラする人がいる場合は、エレベータホールに鏡を置いたりすることによって、長い間待ってる感を軽減することができるでしょう。このような勘違い工学をいろいろな場面で活用したいものです。
一番大きな勘違いは「自分は勘違いなんかしない」と思うことかもしれません。勘違いや気分の問題について充分理解したうえで、日頃からこれらに注意したり積極的に楽しんだりする余裕を持つと良いでしょう。
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